彼女は子宮を歩いていた。 黒のキャリーバックを引いて、だらだらと汗を掻きながらただひたすら。 生温い空気が充満しているその中では、べちゃべちゃと足音だけが響いている。 ハイヒールで足を進める彼女は非常に歩きずらそうに顔を歪めた。 「うえい」 ぐらり、と身体が揺れて、彼女はキャリーバックを杖に体制を立て直した。 口に手を当て、荒く息を吐きながら腰を下ろす。 胎盤は目の前だ。 あと一歩踏み出せば、彼女は人の形になる前の自分の赤子を見ることが出来るだろう。 だが、彼女は残り一歩を踏み出そうとはしない。 彼女がうずくまってから、一時間半が経過した。 少しだけ呼吸を全て吐き出して、彼女はまた息を深く吸い、吐き出す。 一段と生温い空気が感じられる先を見つめて、逸らす。 時間だ。 「開始します」 突如として、キャリーバックから声がした。 途端、生温い空気に真新しい空気が混ざりだし、彼女は、はっとしたように立ち上がる。 水音が、頭の中を通過した。 10.08.** |