彼にとっての“何でもいい何か”とは、いわゆる恋人のような存在なのではないだろうか。 恋人のことを深く知りたいと思う反面、今の恋人が一番なのだから知らなくとも支障はないだろう、とも考えている、選べない二つの選択肢を目の前に困惑している彼の表情が目に浮かぶ。 何かしら哲学的に考えようとしてしまう彼のことだから、どうせまた今日もそのことで頭を抱えているのだろうなあ、などと予想しながら中庭を一人で歩いていれば、案の定、ベンチに正座している彼が視界の端に入り込んで来たものだから、私は口角を上げながら彼に近づき、ゆっくりと隣りの空席へと腰を下ろした。 彼は正面を向いたままだった。 確実に私の存在を認識しているはずなのに、あえていない振りをしていて、私を“風景”としか見ていないらしかった。 一瞬こちらを見た眼球が、今ではどこかも分からない、ずっと遠くの方を見つめている。 時々、顔を覗き込んでみたり、手を叩いたりしてみたけれども、変わらず、彼は正面を向いたままだった。 昼休みが終わる。 私は鎮座したまま、彼は未だ正面を向いたまま、沈黙は続いていた。 授業に遅れるわけにもいかないので、そろそろかと私が腰を上げようとすれば、 「決めた」 彼が呟いた。 内心驚きながらも静かに彼を見れば、一切何も変わってはいなかった。 次の言葉を待っていても、微動だにしない。 「どっち」 私が返答する。 つられて動けないである状態を保持しながら、彼の口が開くのを待っていれば、視界の奥の方で彼の恋人が歩いてくる姿が見えた。 あれ、違和感。 恋人が彼の名前を呼ぶのと、授業開始の鐘が鳴るのと、彼と私の視線が合致したのは、同時だった。 「彼女とは別れて、君と付き合うことにする」 つまり彼にとっては過去がどうだろうが現在が何だろうが、何でもいい自分を満足させてくれる何かがあればよかったのだ。 10.08.** |