名字名前先輩を一言で言うならば、大抵の生徒は揃って「そんな生徒は知らない」と答えるだろう。

名前先輩は何故か地上を歩かない。

足の先さえも、つけようとはしない方だ。

よって他の生徒、ましてや下級生とは絶対に顔を合わせることはし得ない、はずなのに。



「川西少年、四郎兵衛の行方を存じてはいないだろうか」



突如として、屋根の上からひょっこりと顔をぶら下げた名前先輩が、第一声にそう言った。

思わず僕は素っ頓狂な声を上げて、その場から数歩退く。

両腕に抱えたトイレットペーパーを落とさないように大勢を立て直していると、先輩の位置から女の子のような、酷く控えめな笑い声が聞こえた。



「すまない、突然過ぎたね」


「全くですよ!これからはもうちょっと前置きをつけてから出てきて下さい。また盛大に落としてしまうところだったじゃないですか!」


「その時は一緒に拾ってあげるさ」


「そういう問題じゃないです!」



頭に血は昇らないのだろうか、と場違いなことを考えながら、僕は先輩を見上げた。

共に屋根から垂れ下がった、先輩の長い白髪が、僕の行く先を妨害する。

人間関係の薄い名前先輩のことだ、数少ない知り合いである僕が質問に答えない限り、見逃したりはしてくれないだろう。

首から上だけ見えるという、非常に恐ろしい状態の先輩。

トイレットペーパーを抱えて突っ立っているという、かなり阿呆らしい状態の僕。

保健室手前、長い廊下での状況。

どうせ土に足は着かないんですから、下りてきて下さいよ、と言えば、そういう問題ではないのだよ、と上手くかわされてしまった。

ああ、嫌だなあこの体勢。

僕は先輩に聞こえないように一つ溜め息をついてから、観念して小さく開口した。



「今は委員会の時間帯ですから、四郎兵衛なら恐らく、裏裏山の方でずっと走らされてますよ」


「ああ、なるほど。だからどこにも見当たらないのか」



きっと本来はもう四郎兵衛自身は走っていないのだろうけれど、あいつにとっても、名前先輩にとっても、今はこう言っといた方がいいだろう。

七松先輩に抱えられる四郎兵衛を思いながら、僕は密かに合掌した。
その上で、質問の返答に納得したらしい先輩は、遠くを見ながら、途端にううんと唸り始めた。

首を傾げ僕の方に目線を戻し、さあどうしたものか、と。



「もしかして急用ですか」


「いや、そうでもないんだけれどもね」


「何でしたら用事、伝えておきましょうか。夕方になってしまいますけど」


「…ああ、じゃあお願いしようかな。委員会中に悪いね」


「いえ、滅多にないことですから」



名前先輩に頼まれ事を任されるなんて、それこそ天地が逆さまにならない限りこれっきりだろう。

廊下を歩いている時にばったり会うことさえも貴重なことなのだから、これ以上いい機会は無い。

それから、ごめん、四郎兵衛。

お前をだしに僕は先輩の頼みを受け持つよ。

普段散々不運な目に合っているんだ、いいだろ。

これくらい。



「四郎兵衛に、明日の正午、いつもの所で待っていると、伝えてほしいのだけれど」



会話の内容は大抵お前なんだから。



「はい、承知しました」



再度トイレットペーパーを持ち直せば、目の前の白髪が緩やかに上へと上っていった。

同時に先輩の頭も屋根の上へと消えて、あの凛とした声だけが、僕の鼓膜を微かに揺らした。



「すまない。ありがとう、川西少年」



礼を言われるだけで、こんなにも嬉しいだなんて、ああ、心底四郎兵衛が羨ましい。

僕は気配の消えた屋根を見上げながら、先ほどの合掌を取り消した。



穴に落ちてもいいから、今度は誰にも介入されずに、名前先輩と会話出来るようにと。






11.02.16
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