先輩の好きなところをあげていくとするなら、それこそ一日では語り切れない、と最近ぼくは思うのです。 あの綺麗で長い白髪が好きでした。 あの透き通るような蒼色の瞳が好きでした。 あの何でも抱擁してしまうような雰囲気が好きでした。 あの誰でも安心してしまうような微笑が好きでした。 ぼくと同じ男なのにまるで女性のような、あの華奢な身体が好きでした。 華麗に木々を飛び移るあの姿が好きでした。 優しく頭を撫でてくれるあの手が好きでした。 次いでましては。 森にいる先輩が好きでした。 獣や虫に好かれている先輩が好きでした。 座学がとことん苦手な先輩が好きでした。 でも実技は完璧に出来る先輩が好きでした。 毎日授業をさぼっている先輩が好きでした。 風に靡かれる先輩が好きでした。 先輩、先輩。 ああ。 ぼくは、一等、先輩を尊敬しております。 「照れる、なあ」 真上からの発声。 上手く調和された中声が、ぼくの鼓膜を刺激した。 こんな場所で。 こんな状態で。 いやはや。 もう慣れたとも言えるその感覚は、自然とぼくの口角を上げていく。 にこり。 効果音。 それはまさに水中から浮き上がってくるかのような、上昇、上昇。 表情の上昇。 気分の上昇。 体温の上昇。 微かに吐いた気泡が肌を伝っていく、振動。 先輩の口角が上がっていく、気配。 そう、まだ、ぼくらは。 比喩的にも未だ水面下。 現実的にも未だ、水面下。 「まあ好意、尊敬云々に関して言わせてもらうなら、私はむしろ四朗兵衛を尊敬しているのだけれど」 ぼくらは、水の中にいた。 「そんな。嘘は、止めて下さい」 「嘘では無いよ。だって現に今、君は私とこうして一緒にいるじゃない。それは私にとってはとても嬉しいことで、それは私にとっては尊敬にも値する、つまりはそういうことなんだよ」 一括りに先輩はそう仰って、あの誰でも安心してしまうような微笑を、ぼくに向けた。 それで全てが片付いた。 そういうこととはどういうことなのですか。 これは、普通のことなのでは、無いのですか。 なんて素敵な笑顔なんでしょうか。 ああ、先輩は今、嬉しいのですね。 全てが、片付いた。 疑問の皆無。 「先輩が嬉しいのなら、ぼくはそれでいいです」 「四朗兵衛は優しいね」 「普通ですよ、ぼくなんか」 「人間は普通が一番さ。変にずば抜けていたりする人よりもね」 「先輩も、お優しいですね」 「四朗兵衛ほどでは、ないよ」 そのまま、さて、と呟いてから、先輩は人差し指を上へと向ける。 水面下から。 水中から。 果ても無く続く海からの、指示。 つまりはそういうことだ。 見たままの、そういう意味だ。 「そろそろ、上がろうか」 ぼくらは、海の中に、いた。 11.02.12 |