short のコピー | ナノ






俺には好きな人がいる。
それはたまたま前期の委員会で知り合った後輩でとてつもなく可愛い気の強い女の子だ。
名前は名前ちゃん。クラスの中でも中心にいるようで、誰とでも友達になれるタイプ。一目惚れに近かった俺はその性格を利用して近付こうとしたものの。



「名前チャン、このプリント間違えてますヨ」
「すみません。訂正します」
「よろしくー」
「…先輩って、詐欺師にいそうってよく言われません?」



ぴしりと固まる親切な俺の笑顔。
それは遠回しというより直球に胡散臭いと言われてるようなもんで、言われ慣れてる俺だったが好きな子にまでそう言われると心にくるもんがある。



「あー…名前チャン?口は慎もうね?せっかく可愛い顔してんのに中身は悪魔だなんて俺は嫌だなぁ」
「そうですか。それは失礼しました。でも別に先輩が嫌だからって性格を直そうとは思わないんで」
「…言うねぇ。君、思った以上に性格悪いんでねーの?」
「褒め言葉ですか?ありがとうございます」



にっこり笑った顔は可愛らしいのに口から出る言葉には棘しかない。
それからつい意地悪したくなってしまい、どうやら向こうは俺の印象最悪らしくて顔を合わせる度に口喧嘩のようなものに発展してしまう。



「おんやぁ?性悪名前ちゃん。本が取れないんでちゅかー?」
「あらペテン師先輩。見ての通りですが、あなたの目は節穴なんですかね?」



図書室で先日そんなやり取りをして言い合いになってると図書委員長に怒られてしまい、授業に遅れるなんてハプニングもあった。
名前ちゃんと話が出来るのも顔を合わせれば俺だけにそんな反応をしてくれるのも正直喜ばしい。しかし、だ。関係がよろしくない以上、俺をそういう目で見てもらえないことぐらいわかる。



「しかも今日はバレンタインだぞ!?他の子の義理でさえ断ってんのにまだ貰えてねぇ!!」
「うるさいぞ、黒尾」
「そうだそうだ。海の言う通りだぞー。そもそもお前がいっつも吹っ掛けてんだろ」
「海もやっくんもいつものことだからって冷たすぎる…!俺はこんなにも苦しんでいるというのに!」



いつもの野郎どもで昼休みに購買へと向かっている途中、どうやら友人でもある俺の話を気にかけもしないふたりはほぼ無視、反応したかと思えばさっきみたいにうるさいぞと注意をされるばかりだ。
そりゃあ騒ぎたくもなる。周りはみんな本命をもらったとだらしなく笑い喜んでいるのに俺にはその本命が来ないのだ。



「俺は!名前ちゃんの!チョコが!欲しいんですー!」
「あーもう!わかったから黙っとけって!そんなに欲しいんだったら言えばいいだろ!?」
「ハァ〜?じゃあやっくんは好きな子に『好きですチョコください☆』なんて言えるんですか〜?」
「それだけ欲しいなら言うしかないだろ!大体訳のわかんねぇ意地張りすぎなんだよお前の場合は!」



返す言葉もございません。
思わず黙った俺にやっくんも海も安心したように歩き出してしまった。クソッ。俺だって言えたら言ってるわ!

後を追いかけるように少し早歩きをしようと一歩踏み出した時、通りすがりの空き教室に人の影があることに気がついた。なんだよこんなところでしかも二人きり。ぜってー甘酸っぱい展開じゃんよ。
嫌なもん見てしまったなと睨み付けると同時に気が付く。その見てしまったふたりが見たことのない男と名前ちゃんであるということに。
しかもふたりは笑い合っていて親密そうにも見える。まさか、そのまさかだろ。



「…最悪」



なんだよ、俺。ちょっと貰えるかもなんて期待してたのかよ。我ながらイタイ奴だな、俺。
大きなため息を吐きながらその場面を見てると男子生徒がこちらに向かってくるのがわかり、慌ててやっくんと海の元へと走った。

あーあ。高校3年間、バレーばっかの俺もついに素晴らしい青春の日々が〜とか片想いながらに理想を抱いてたけど結局片想いは片想いのまんまなんだよなぁ。
今思い返せば名前ちゃんに対して酷いことばっか言ってたし、そりゃ好きになんかなってもらえるわけねぇか。



「おい、なんだよ…さっきまであんなにうるさかった黒尾が急に黙り始めたぞ…」
「どうしたんだ?気分でも悪いのか?」
「…史上最高にして最低最悪な気分デス」



もうすでに選んだパンを持っているふたりは心配そうに(というか気味悪そうに)俺に声を掛けてくれるも、全然頭に入ってこねぇし。
早く部活になんねぇかな。いつもなら少し気が滅入るような鬼のスパイク練習も今なら無心で出来る気がする。



「名前ちゃんのチョコ、欲しかったなぁ」
「黒尾先輩」
「なんだよ、今俺は傷心中で忙しいの」
「そうですか。では先輩が欲しいと今しがた仰ったこれはいらないのですね?」



購買横にある自販機でジュースでも買おうと小銭をポケットの中で探しながら独り言を漏らしたタイミングで掛けられた声の主に気が付かなかった。

俺が欲しいと今言ったものはいらないのですね?だと?

恐る恐る振り向けば、そこには先程空き教室に男子生徒と二人きりで笑い合っていた名前ちゃん本人の姿。嫌なもん思い出してしまったと同時に今言われた言葉をもう一度冷静に思い返す。欲しいと言ったこれ、だと。これ…?



「なら、持ち帰って食べることにします」
「ちょちょちょ!待った待った!それって…それって何?」
「はぁ?今日が何の日かご存知ないのですか?」



心底バカにしたような顔をされたけどやっぱり可愛い。思わず売り言葉に買い言葉、いつもの流れで意地悪してやろうとしたがグッと堪えてその手に乗っている小さな赤い紙袋を見つめた。
黒いリボンにハッピーバレンタインの文字。全て諦めた心が少しだけ速まるのがわかる。



「それ、俺に…?」
「そうですけど。私からのじゃ文句あるんですか?」
「いやそうじゃねーって!俺、名前ちゃんに嫌われてるだろうから貰えるわけないと思って…え?さっきの男の子は?」
「男の子…?あぁ、見てたんですか…」



突然目を逸らして片手で顔を隠す名前ちゃんにキュンとした。こんな姿見たことないぞ。バレンタイン最高か。
よくよく見てみれば耳まで赤い。なんだよ。バレンタイン最高か(2回言わせてくれ!)



「あれはその…どうやって渡そうか相談に乗ってもらってて…」
「相談?」
「先輩に…私、好きな人の前では素直になれないんです」
「スキナヒト?」
「片言になってますよ」



今の俺、相当間抜けな顔してる自信がある。
いつもペテン師と呼ばれるぐらい胡散臭い顔をしながら意地悪な言葉ばかり並べてる俺もさすがにこれは頭が混乱してしまう。
ましてや名前ちゃんもいつも眉間に皺を寄せて嫌そうな表情か俺並みの作られた満面の笑みのどちらかばかりだったのに、今日に限って赤面というなんとも言えない愛しさが込み上げてくるような顔を見せてくれてしまっている。



「…で、受け取ってくれますか」
「えっと、本音を言うと物凄く欲しいんだけども…これって義理デスカ?」
「そんなこと聞かなきゃわかんないなんて、失礼な人ですね。…わざわざ昼休みに探しに来てまで渡すようなもの、義理だと思います?」
「つまり期待しちゃっていいんだよな…?」
「期待、というか…その、私は黒尾先輩が好き、なんです」



その一言を聞いた瞬間、俺は力が抜けて自販機にもたれながらしゃがみこんでしまった。
ちょっと先輩!?とかなんとか名前ちゃんはびっくりしてたけど、俺の方がびっくりだっつーの。

片想いは片想いじゃねーのかよ。
両想いってこんなに嬉しいのかよ。



「嬉しすぎて俺立てねぇわ…」
「じゃあ午後もここにいればいいんじゃないですか?」
「相変わらず冷たいねぇ」
「…私も、ここにいますから」



恥ずかしそうに小さめの声でそう言いながら俺の目の前にしゃがみこみ、顔を覗き込まれた。
これ自覚あってやってんのか?無意識にやってるとしたら俺この先不安で仕方ないんですけど。

つい名前ちゃんを引き寄せて腕の中に閉じ込めると驚いたような声が聞こえた。髪に触れれば柔らかくてサラサラ。シャンプーの匂いが心地良くもある。



「せんぱっ…!人が来たらどうするんですか!バカ!」
「バカでもなんでもいいですぅー!俺は嬉しーの!」



ニヤける顔を隠せないままそう言えば怒った顔をしていた名前ちゃんが不意に笑って私も、と小声で言うから一気に体温が上がった気がした。

やっくんと海が来て公の場で何やってんだと怒られるまで俺はずっと名前ちゃんを抱き締めながら黒いリボンと赤い紙袋をじっと見つめていた。




(ところでこれは手作りデスカ?)
(…そうですけど。)
(あークッソ好きだわ)
(はっ!?)

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