「どっちがいいか選ばせてあげる」 ベッドに3つのゲームソフトを並べて研磨はそう言った。右から格闘ゲーム、パズルゲーム、レーシングゲーム。どれも研磨とやり込んだものばかりである。 私と研磨は所謂幼馴染。と言っても小学校からなんだけど、幼い頃からずっと研磨とクロと私の3人で遊んだりしている。 なので研磨の持ってるゲームはどれも一緒にやったり借りてソロでプレイしたりと知ってるもの、やり慣れてるものばかりだ。 しかし私は対戦もので研磨に勝ったことがない。そもそもなぜ今日研磨に呼び出されていきなりゲームを並べて選ばせてあげるなんて言われているのかもわからない。謎である。 「あの、研磨クン…?」 「なに」 「これは一体…?」 私の問いかけに対して研磨は無言でスマホのロック画面を見せてきた。時刻と研磨が今一番ハマっているソシャゲの猫のキャラの待受画面。これが一体なんだというのか………あっ。 「バレンタイン…?」 小さく頷いた研磨に私は目をぱちぱちさせた。なぜ?バレンタインとゲームが結びつかない。 なかなか理解できない私に痺れを切らせた研磨が2Dのキャラクターが戦い合う格闘ゲームのソフトを選び、ゲーム機本体に差し込んだ。 えっ、選ばせてくれるんじゃなかったの。 「名前、ここ何年かチョコくれなかったでしょ」 「えっ…あぁ、うん。そうだね」 「小学校までは俺にもクロにもくれてたのに、なんで?」 「えーっと…それは…」 「…聞かなくてもわかるよ。バレンタインがどういう日なのか知ってるから」 私を見ずにそう話す研磨はコントローラーを握ってローディング中のテレビ画面を眺めていた。 研磨が言いたいこと、たぶんわかる。中学に入った途端周りは色めき立っていてそりゃ年頃の女の子の話題のひとつとして恋愛があるわけで、好きな人にチョコを渡すだとか本命チョコがどうだとかそんなものを私も気にしだしたのだ。 それから私は毎年恒例の幼馴染みに手作りのチョコを渡すということをやめた。本命を渡すとなったときに他の男の子にもあげているという事実を作ってしまうと本命としての役目を果たせないのではないかと思ったからだ。 そんな理由で突然渡さなくなった私に不信感を抱いたのだろう。わりと毎年研磨もクロも私のチョコを楽しみにしてくれていたから。 「名前が勝ったら何でも言う事ひとつ聞いてあげる」 「…研磨が勝ったら?」 「俺、トリュフ食べてみたい」 研磨の隣に座って無造作に置かれたコントローラーを握った。私だって、ゲームとなれば負けたくない。勝ったことがなくても今日ならもしかすると勝てるかもしれない。 気合いを入れて小さく息を吐き出し、キャラクターの選択画面で使い慣れている女の子のキャラを選んだ。 「私、最近研磨たちが部活してる間に強くなったんだよ」 「へぇ。じゃあ見せてもらおうかな」 ラウンド1。 「投げ抜け上手くなったね」 「私の弱点だったもん!」 「でも」 「あーーーーっ!!そのカウンターずるい!!」 研磨のキャラが掴みかかり、投げ飛ばそうとするのを抜け出して次のコンボへと繋げようとコマンドを素早く入力する。しかしまさかの読んでいたかのように上手いタイミングでカウンターを決められてしまい大ダメージを負った。 「まだまだッ!」 「下段はガラ空きだね」 「うっ…そういう研磨だって後ろ「後ろに回られるとドライブが決めやすいんだよね」 下段のガードは本当に苦手なのに。ずるいずるいずるい。しかも私が後ろから攻めるのもまた読まれてたみたいでドライブ(必殺技)を回し蹴りで綺麗に決められてしまった。 体力ゲージが黄色だったのにいつの間にか赤を通り越して空っぽ。winの文字が研磨側のキャラの名前とともに画面に表示されて私はコントローラーを力いっぱい握り締めた。 「まだ1回目だしっ!」 「俺、ホワイトチョコのトリュフも食べてみたい」 「うるさいうるさーい!私が負ける前提の話はおしまいよ!」 ラウンド2。 「えっ」 「俺の勝ちだね」 開始何秒ほどだろうか。裏技やチートを使ったわけでもないのに驚異の速さでコマンドが入力されてガードをする暇もないまま私の使用キャラは床ペロ状態。つまりダウンしてるってこと。 何が起きたかわからないまま瞬きをしながら口を開けて画面を眺めていると、研磨が不意にテレビを消して私の手からコントローラーを奪った。 そのまま私に詰め寄ってくるもんだから慌てて後ろへ体を引くとさらに近寄ってくる。今日の研磨、いつもと違う。 「なっ…んで、今日そんななの…!」 「そんなって、どんななの」 「わっかんない…なんかいつもと違う」 「ねぇ名前」 ほぼほぼ馬乗りの状態の研磨ともはや床に背中がついてしまっている私。どういう状況なのだろうか。頭がついてこない。研磨は私の両手を押さえ込んで長い髪を垂らしながら目を細めて見下ろしていた。 あれ、これやばいんじゃない? 「名前は本命作ったの?」 「え…」 「正直に答えて」 「えっ、と…作った」 「渡せた?」 本当に今日の研磨はおかしい。今までこんなこと聞かれたことなかったのに。ゲームでお菓子を賭けることは何度があったけど、私が勝てば何でも言う事を聞くなんて条件を出してまでチョコが欲しいってどういうことなの。 「…答えないの?」 「ちょ、ちょっと待って!なんでそんな事聞くの?」 「気になるから。早く答えて」 「うっ…渡せてない」 急かされてちゃんと本当のことを話すと、研磨は細めていた目を少しだけ和らげてじっと私を見た。猫のようなツリ目。丸くて大きな瞳が私を見つめている。今までにないほど高鳴る鼓動が研磨に聞こえていないか不安。今にも口から心臓が飛び出そう。それぐらい大きくドクドクと跳ねていた。 質問に答えたのに研磨は上から退いてくれない。少し手首を動かせばピクリと反応した私より大きい研磨の手。細長く骨張った指がするりと手首を撫ぜて擽ったい。 「俺が勝ったから、名前の本命貰うね」 「えっ……えっ!?」 「なに。不満なの?」 するりと上からやっと退いた研磨は私が学校でもらったそこそこの量の友チョコが入っている紙袋を漁り始めた。どうしてその中に私の作った余りのチョコもあるのを知っているのかはわからない。 紙袋の一番下。底に入れたまま出すことのなかったそれは、私が毎年渡そうとしては持ち帰っていたチョコと同じように帰宅後母と私の胃の中に収められるはずだった。なのに、今年は違う人の手に渡っちゃった。 ましてやそれが何度も何度も渡そうとしては諦めてしまっていた本命───研磨に食べてもらうことが出来るなんて。 「こんな可愛いの渡すつもりだったんだ」 「あはは…柄じゃないよね。今年は偶然トリュフを作ったんだけど、本命の人が食べたいのを渡せてよかったよ」 「…それ、どういうこと?」 口が滑った。私今なんて言った? 顔が一気に熱くなると同時に口元を両手で押さえて首を横に大きく振るも、聞いた本人もびっくりしてて大きな目をさらに大きく見開いてぱちぱちと瞬きをしている。 片手に摘まれたハート型のトリュフは少し溶けていて、研磨の体温も上がったのかななんて呑気に思ってしまった。 「あの、ちがっ、違わないけど!違わないけどその…えっと…本命っていうのはだから…」 「…名前」 「わー!!わかってるわかってる!!私たちは幼馴染みで友達で…っわぁ!?」 必死に言い訳をして振られたときのショックを誤魔化そうとしている私の視界がぼやける。だめだ、泣きそうだなんて思いながら俯き気味に言い訳を重ねていると、研磨に手を引かれてその腕の中に閉じ込められてしまった。 何が起きたのかわからなくてパニックになりながら顔を上げると少しバツの悪そうな顔をして頬を赤く染めている研摩がいた。 「けん…ま、顔真っ赤」 「うるさい」 「ごめん…」 「そうじゃなくて…名前はずっと俺に作ってくれてたってこと?」 顔を上げたのにまた胸に寄せられて研磨の声ととてつもなく速い鼓動が聞こえる。きっとさっきと同じ真っ赤な顔のままだから見てないようにしてるんだろうなと思うと少しニヤけそうになる。 「そう、だよ」 「なんで渡してくれなかったの」 「…渡せないよ。幼馴染みとしてずっと一緒にいたんだもん」 「俺、ずっと名前のこと好きだったのに」 え、と掠れた声が出た。 勢いよく上げた顔は研磨の顔ととてつもなく近くて離れようとしたけどそれを許してもらえなかった。 思わず視線を下げたけど体温は上がるばかりだ。 「…なんで先に言うの。バカ」 「俺だって男だよ。先に言わせてよ」 「そうだけど…ね、研磨」 もう一度研磨を見上げる。 何?と微笑むその表情に何年もの間渡せなかったチョコの分もちゃんと伝えようと口を開いた。 「好きです」 「…俺も好き」 ゲームは負けたけど、まぁいっか。 [しおり/もどる] |