どうかこれからも | ナノ






「治ちゃんっ!」



あれからまた何年か時を経て名前は背が伸びた。それでも俺を抜かすことはもちろんないねんけどな。中学で勉強も部活も頑張った名前は推薦で進学校に合格。合否通知をここに持ってきよって泣きながら受かった!受かった!しか言わん名前には困らされたわ。

無事入学して新しい制服も馴染んできたけどまだまだガキや。でもこの頃昔とは違って洒落っ気出してきとる。髪型を変えたりとか、ちょっと薄めに化粧しとったりとか。女に目覚めてきよる時期なんやなぁ、えらい綺麗になりよった。



「治ちゃん?どうしたん?」
「…いや、名前おっきなったなぁ思って」
「え!?太った!?」
「そうやなくて…縦にな」



ツムは揉めてから帰ってきよらん。俺が寝てる間に帰ってきとった形跡は何回かあったけど顔は合わしとらん。本気で俺とはもう一緒におる気はないらしい。

どうせ角名とか銀島とかその辺のとこおんのやろ。最初は気になって探したろか思ったけど慣れって怖いな、もうなんとも思わんなってしもた。

あんなに自分の片割れや思ってたのにな。



「…治ちゃんは変わらんね」



突然そう言った名前は寂しそうな顔しとった。あんまりどういう意味かわからんくて狐やしなとか適当なこと言うたらなんやそれって笑われた。



「あんな、うち大学行こうと思うんよ」
「おぉ。立派やないか」
「…でも、今みたいに会えへんくなんの」



また寂しそうな顔しよる。
でも今の言葉にはさすがに俺も寂しさ感じた。

ツムにあんなこと言われて一瞬だけここに来ーへんなったこともあった。けど、やっぱり来ちゃったって数日後には顔出しとって、それからまたこうしてしょうもない話したり名前が勉強してんの横で見てたりして過ごしてた。

それがなくなると思うとそりゃ狐でも寂しいわ。



「うちが来るの減ったら、治ちゃん消えへんなる?」
「…え?」
「こうやって毎日来とったらやっぱいつか消えてしまうんちゃうかなって。不安なって今日もいるかなって来てしまうんやけど、帰るときいっつもまた会ってしまったって思ってまう」



苦笑いを浮かべて名前は初めてその話題に触れた。俺、そんな思われとったんか。びっくりや。

俺が勝手に好きで接してるだけやのに、名前はそんなん考えんでええ。そう、俺が勝手にしてるだけ。ツムの言うことも北さんの言うこともわかっとるつもりやけど、どうしても名前のこと構ってしまうんや。なんか、本能が構えって言ってるみたいな。



「俺もそれなりに長生きしとるからそんな簡単に消えるようなもんやないで」
「…ほんまに?」
「おん。やから大学行っても暇なときここ来たらええ。どうせ俺はいつでも暇やからな」



俺の言葉に納得はしてないけどいつでも来たらええってことに対しては嬉しかったんやろな、いつもみたいにほっぺたちょっと赤くさせて笑って頷くから俺もちょっとだけ笑ってしもた。


もうすぐ冬になる。日が暮れる時間も早くなってきた。体冷やしたらあかんしはよ帰りって言うたら名前はちょっとだけ名残惜しそうにしながらも昔と変わらんまま、大きく手ぇ振って階段駆け下りてった。



「へぇ、あれが治のお気に入り?」



ずっと気配はしとったからいきなり背後から声掛けられても特別驚かんかった。

木の上に隠れとったそいつは降りてくるなり嫌な笑み浮かべて砂利を蹴りながら俺に近寄ってきた。



「…角名」
「どこにでもいそうな女の子じゃん。俺達のこと見えるって本当なんだね」



真っ黒な瞳と視線が交わる。気持ち悪いと素で思った。特に気にすることなく社に戻ろうとしたけど角名は後付いてくる。

勝手に上がって勝手に寛ぎだしとるけど別に茶菓子もなんもないし、もてなすつもりなんかない。あんまりこいつのこと、好かんしな。



「で、困るんだけど。お宅の片割れくん」
「…やっぱお前んとこおったんか」
「もう三年ぐらい?ずーっと住み着いてて困る」
「…俺は知らん。出てったんはツムや」



思ったことそのまんま言うたらため息つかれた。迷惑かけてんのはツムやろ。出てったんも勝手にキレたんもツムや。

ガキの喧嘩みたいや思われてるかもしれんけど、俺にだって意見はあるし譲れんもんもある。あの場で飛び出してきていきなり名前の前で空気読めん話されたらそら俺だってキレるわ。



「まぁ、俺は人間と関わるなんて別に治の好きにすればいいと思うけど」
「…さよか」
「消える覚悟、してるんじゃないの?」



沈黙。肯定に取られてもしゃあない沈黙。
でも正直、もうここ数年で覚悟しとる。北さんにバレて消えるとしても、俺は最後まで名前と会うのを辞めへんと思う。というか、辞めるつもりはない。

そこまでして得るもんなんか恐らくないやろ。それでもええ。何回も言うけど俺が好きでやってることやから。



「お前が消えるかもしれないってなったらそりゃ侑もキレるよ」
「…やからって名前の前で言う必要ないやろ」
「言わなきゃいけなかったんじゃないの?治が聞かないのわかってたからそうやって人間ちゃんに話して無理矢理にでも関わらないようにしたかったんだと思うけど」



わかっとる。
そんぐらい。

わかっとるねんけどなぁ。



「妖力失った狐は跡形もなく消える。それから代わりの狐が派遣される。ただそれだけのこと」



北さんの言葉を繰り返した角名。たぶん狐全員に言い聞かしてきたことなんやろな。



「治がいなくなったら誰が侑の片割れになるんだよ」



知っとる。
誰もおらんことぐらい。
俺の代わりがおらんことぐらい。


知っとるから。



「…もうそれ以上言わんといてくれ」




名前に会いたくなった。














(治、最近力弱まったよね)


[しおり/もどる]