"お前ら。人間とは関わんな。痛い目見んのお前らやねんからな" 何日前か何ヶ月前か何年前か、もう思い出せんけど久しぶりに会うた北さんは俺らの目をしっかり見ながらそう言うとったな。 痛い目ってなんですか。 妖力失うんですか。 ただの狐になったりするんですか。 俺もツムも聞きたいことは山ほどあったけど北さんの威圧感に聞けるはずもなく、そんときは北さんお手製のどんぐり鍋ご馳走なって帰るとこ見送って気ぃ抜けて座り込んだんは覚えとる。 俺らのことが見えるチビちゃん。 名前って名前言うとった。 幼稚園で友達出来ひんくて寂しい思いしとったとこに俺ら見っけて嬉しそうに笑っとったん覚えてる。そんときもらった飴ちゃんの包みはこっそりポケットん中に取ってある。 また来てくれるやろか。 そう思っとったけど、予想は外れてそれ以来チビちゃん───名前が訪れることはなかった。 「サム!今日のお供え油揚げや!」 「…おん」 「油揚げも美味いけど俺は昔北さんがくれたトロっちゅー魚が食べたいわぁ」 「…さよか」 ひぐらしが鳴く夕方、屋根の上でボーッとちょっと前のこと思い出してた。ツムがなんや話しかけて喚いとるけどなんも耳に入ってこん。 別にもっかい会いたいとかそんなんやない。でもあのチビちゃん、友達出来よったんかなとか考えるんは多少なりとも情が移っとる証拠なんやろな。 「…おい、サム。あれ」 「なんや」 ツムが見下ろす方向に俺も目線を移したら泣いてる子がおった。誰もおらんからたまにこうやって泣きに来る人間もおる。失恋したとか、クビになったとかな。 別になんも興味なかったし適当に返事してまたボーッとしとったら面白がってツムが下に見に行きよった。ほんま好奇心だけは旺盛なやつ。 「あーっ!お前!」 ツムがでっかでかい声で叫びよるからなんや思って見下ろしたらサム!はよこい!とかなんとかまた喚いてめっちゃ呼ばれた。 めんどいけど重たい腰持ち上げて屋根から飛び降りた。うわって声が聞こえてなんやねんと思いながら振り向いたら驚いたことに大きなったチビちゃん、名前が目ぇ腫らしてそこにおった。 「お…おさむちゃん?」 「…名前」 「あのガキんちょやんな!?びっくりしたわ…なんやデカなったなぁ」 ツムが息を吐きながら腰に手ぇ当てて名前を見下ろす。 名前は俺ら見て止まったはずの涙をまたボロボロと零し始めたから俺もツムも焦った。 「なんで泣くん!?」 「ツムが喧しいからやろ」 「はっ!?」 「…ちゃうの。侑ちゃんが悪いんとちゃうの」 前に会った時よりデカなった名前は呂律もちゃんと回る喋り方になっとった。背負ってんのはランドセルか。ちょっと使い込んでる感じやとそこそこ年月経ったんやなと実感した。 零れる涙を両手でゴシゴシ擦りながら名前はぽつりと話し始めた。 「うちの学校、家から遠くて…前はおばちゃんとこの家来るときにここ遊びにきたんよ」 「やから何年も来れんかったんやな」 「そう。…で、前の学校でいじめられとって転校したんやけど…夏休み終わって今日新しい学校来たらみんなに無視された」 「は?」 ガキのやることはどこまでもガキ。当たり前やけどな。 転校生やしもうすでに出来とる友達の輪に入れんかったんやろな。名前は怖かったやろうに、新たな気持ちで頑張って学校来たらこれやからショックで泣いてしもたんやと思う。 「うち、友達なんか一生できひんのかな…」 泣き止みつつあったのに、またそんな悲しいこと考えて目にいっぱい涙溜め始めるからツムがでかいため息つきよった。それにビクッと反応した名前に気付いてツムのこと肘で小突くとなんやねん!とかなんとかまた喚きよるし無視した。 「俺らおるやろ」 「え…?」 「俺もツムも、名前の友達やろ」 賽銭箱の裏側に座り込んでた名前と同じ目線になるようにしゃがみこんで頭に手を置いてやったら口をぎゅっと結んで何回も縦に頷いとった。 ボロボロ零れる涙は止まりそうにない。けどさっきまでのもんとは訳が違う涙にはなったみたいや。 「俺はチビちゃんと友達なった覚えないぞ!」 「ツムは友達おらんから名前が友達1号やな」 「そうなん?」 「んなわけあるかい!」 足をバタバタしながら地面を踏みつけて怒るツムに名前が思わず笑い出す。何わろとんねん!とか怒鳴っとるけど、俺もそれは流石におもろいと思うで。 「無視されたぐらいで凹むなチビ!あんな、人間なんかちっさいもんや。無視すんな言うたれ!うちと友達なれへんとか人間以下や言うたれ!」 「ふふっ、侑ちゃんおもろいな」 「俺がおもろいのは知っとる」 自慢げに胸貼るツム見てまた名前が笑う。もう泣くことはなさそうやな。そう思ったら安心した。 なんか思い出したかのようにランドセル下ろして中身を漁る名前。前もこんなんあった。俺のポケットに入ってる飴ちゃんの包み、あれも名前からもらったもんやった。 「元気なったから、お礼にこれあげる」 桃色の折り紙で出来た蓮の花と風車。お世辞にも綺麗やとは言えへんけどちっさい手で一生懸命折ったと思ったらめっちゃキラキラしたもんに俺には見えた。 「ありがとう。大事にするわな」 「サムは食いもんの方が喜ぶぞ」 「喧しい。これも嬉しいわ」 そっと俺の手に乗せられた折り紙は俺の片手よりちっさくて脆い。けど一生大事にしようと思った。一生っていつまでか知らんけどな。 「また来てもいい?」 「おん。いつでもおるからな」 「ありがとう!」 「くんなくんな。もうくんな!」 「…ツム」 前に名前が来たときみたいに背中向けて関わらんぞって空気出すツムに、名前がちょっと寂しそうに俯いた。 頭にぽん、と手を乗っけると名前は笑って帰るな、と呟く。 「…次来るんやったら友達作ってから来いや」 「…! うんっ!頑張る!」 「おう。あと俺は飴ちゃんとか折り紙よりトロが食いたい」 「それはお前の願望やろ」 俺らの会話ににっこり笑った名前が前回同様元気に手を振って階段を駆けてく。 その後ろ姿を見送ってそろそろ晩飯の用意でもしよかとツムと社に入ろうとしたとき。 「あれか、お前らからした匂いは」 「北さん…!?」 屋根の上にから声かけられて見上げた先には北さん。最悪や、見られてしもた。 静かに降りてきた北さんは俺ら双子の目の前に立ってじっと見上げると鋭い目付きに半端ない威圧感を添えて口を開く。 「ええか、お前ら。ここは神社や。神様が纏われてる神聖な場所や。その神聖な場所を護る狐がお前らなんや。わかるな?」 無言で頷く。ツムは何回も頷いとった。 俺らの間を抜けて階段の目の前で止まった北さんは背中を向けたまま続けた。 「幾ら俺らが見える人間がおったとしても情に流されるようなことあったらあかんねん。妖力失ったらどうなるかも、お前らならわかるよな?」 「…狐に、戻るんすか」 ツムが問いかけた言葉に北さんが振り返る。 それはそれはおっかない、鬼のような形相でこの人狐やないと思ったんはここだけの話や。 「消える。跡形もなく消えて、代わりの狐が派遣される。ただそれだけのことや」 背筋が凍り付いたみたいにぞわっとした。尻尾が垂れ下がって指先が冷たくなった。 北さんは嘘はつかへん。やからこれが冗談とかやなくて本気なんもわかる。 「ええか、三度目はない。覚悟せぇよ、お前ら」 特に治。 それだけ言うて風と一緒に北さんは消えた。 俺らはしばらく動けへんなってもうて、周りが暗くなるまで体が硬直しとった。 [しおり/もどる] |