「うちのばあちゃんのさらにばあちゃんの、叔母にあたる人がおってな」 親戚の集まりなったらおじいちゃんはいっつもこの話する。 春休み、私の就職祝いに何人か集まった親戚一同は祝い事やからってちょっと良い日本酒持ち寄ってベロンベロンに酔っ払ってた。 「叔母は変わった人でな、最期まで独り身やったんやけどずーっと好きやった人がおってんて」 「その人と結ばれんかったん?」 「さぁな。誰にも教えてくれんかったらしいけど、ただずっと幸せそうやったらしいわ」 好きな人と結ばれもせんのに何が幸せなんやろ。みんな口揃えてそう言うてた。 私はなんとなくわかる気がする。 今まで何人かとお付き合いしたことあったけどすぐ別れてしまった。私が好きになれんかったから。好きな人もできた。でもなんか違った。 「なぁ名前、お前ははよ嫁入りせぇよ」 「叔父さん、それ自分の娘に言えば?」 「あいつは色気ないからなぁ。お前は別嬪さんやさかいに見合いでも人気出そうやな」 「…遠慮しとく。なんか良いイメージないわ」 自分の飲み物買ってくる。 そう言い残してまだ寒い春の夜に上着も無しに外出た。 就職先は京都の神社。 昔から神社とかお寺が好きで、よう近所の神社とか遠いとこの有名なお寺行ったりしてた。なんか落ち着くんよ。居心地がいい。 巫女さんなる!って言うて大学行きながら就職させてくれそうな場所探して、やっと見つけた京都の神社は立派な鳥居が有名なとこ。 暗い街灯、コンビニは遠い。 向かってる道中、そんなこと思い返してたらちっさい頃から遊びに来てた寂れて誰も寄り付かんような神社を見つけた。 懐かしくなって、もうしばらくこっち来うへんしなと思って立ち寄ってみた。 やっぱ誰もおらん。 「さむっ…」 上着、来てきたらよかったな。 誰も寄り付かんのにやけに丁寧に磨かれたお狐様の石像。 誰かが手入れしてんのやろか。 前はこんな綺麗やなかってんけどなって石像撫でたとき。 「おいサム、お前呼ばれてんぞ」 「は?寒いって言うたんやろ」 誰もおらんと思ってたのに会話が聞こえて、びっくりして体が跳ねた。 振り向いたら階段登ってきたであろう男の人ふたりがこっち見てた。 視線が交わって、暗い街灯やのにハッキリと顔が見えた。 「なんや女の子やん。ひとりで真っ暗な神社おったらオバケか思うやん」 「す、すいません…」 「こいつのこと無視してええで。すまんな」 同じ顔。双子?びっくりした。 双子なんか初めて見た。 初めて見たはずやのに、なんか全然関心というか違和感とかそんなんなかった。 「お狐様、綺麗やろ?俺とサムが定期的に綺麗にしとんねんで」 「えっ…そうなん?ちっさい頃から来とるけど知らんかった」 「そらそやろ。最近やり始めたとこやからな」 「へー…お兄さんらどこの────」 ふわり、風が吹いた。 春はまだ来てないはずやのに、あったかい風。 「あ、のさ」 綺麗なアッシュグレーの髪。 一歩私に近付いた彼は背が高くて、綺麗な瞳で、優しい顔してる。 後ろにいる金髪の彼も、しゃあないなって顔しながら笑ってた。 私は、 「なんで…なんでなん…?」 ぽろぽろと目から落ちる涙は悲しいとかそんなんやない。怖いとかでもない。 忘れてた。 大事なこと、大事な人。 "忘れんといたってな" 金髪の彼に似た声。 切実な約束。 私は彼を知ってる。 「幼稚園のせんせ、なるん?」 「…っ、ならんよ。今度は巫女さんなるねん」 「さよか。トマトは?」 「食べられるっ…さっきも食べた」 「えらいやん。頑張ってるんやな」 「ほんでな、名前」 私の頬に触れて涙を拭う指先は熱い。 知ってる、この手。 うちの頭を撫でてくれた手や。 「俺、人間なって名前のこと迎えに来た」 昔はよく人が訪れとったけど今となっては閑散としとってなんや湿気た神社。 その神社はずっと双子のお狐様が守ってくれとったんやけど、片割れはひとりの人間の女の子のこと好きになって、妖力全部使ってでもその子守って一生を終わらせたんや。 ええ行いやったって認めてくれた神様がひとつだけ願い叶えたろって、跡形もなく消えたはずの狐に来世を与えてくれた。 「名前、俺今でもお前のこと好きや」 「うちもな、治ちゃんのことずーっと好き」 「チビちゃん絶対サムのこと忘れとったやろ」 「侑ちゃんは黙っとって!」 「はいはい」 あぁ、なんで残された片割れも人間なっとんねんって? 怖いけど面倒見ええ狐とサバサバしとるけど友達想いな狐がおってな。そいつらが協力してくれたんや。 「よかったですね、北さん」 「…帰んぞ」 「北さん、嬉しそう」 「んなわけあるかい。仕事増えてしゃあないわ」 神社の片隅に置かれたお供え物の中に昔ながらの飴ちゃんがふたつ。 おしまい、 [しおり/もどる] |