灰羽と。 | ナノ






「最近あのハーフの子見かけないね」
「えっ」



肺活量と体力をつけるために軽いランニングをしたあとの休憩中。副部長の早紀が隣に座ってそう話を切り出した。

言われてみればここ数日見ていない。いや、本当は気付いてた。
リエーフくんが私の元に差し入れとしてスポドリとアイスを持ってきてくれたときから実はほぼ毎日のように会うようになったのだ。

それは偶然校内で見かけたり帰り道にすれ違ったりで手を振ったり軽く話すものから、休憩中に中庭の手洗場で会ったときやまたリエーフくんが差し入れを持ってきてくれたときに時間めいっぱい話し込むことがあったり。
わりと距離は近くなりつつあったからこそ、彼が私の元を訪れなくなったのはすぐに不思議な感覚として気が付いた。



「あれ、名前もしかして知らないの?」
「何が?」
「男子バレー部は今森然高校で合同合宿らしいよ」



トロンボーンのパートリーダーを務める3年の香織が後ろから話に寄ってきた。
そうか、バレー部は合同合宿なのか。そりゃ見かけないのも当たり前だ。というか、言われてみれば夜久も黒尾くんも海もみていない。

合同合宿ってことは他校も来てるわけか。梟谷もすごいって聞いたことあるな。黒尾くんが宮城の高校も最近凄いって言ってた気もする。
リエーフくん大丈夫かな。無理してケガとかしてないといいけど。ちゃんと水分摂ってるかな。他校にお友達出来てるといいな。



「…何?」
「名前さーん、今誰のこと考えてたのかなー?」
「別に、何も考えてないけど…」
「うっそだぁ!だって顔が完全に恋する乙女だったじゃーん!」



両サイドからグイグイと肘でつつかれて顔が熱くなる。私どんな顔してたの?別に何も変な事考えてないのに。

と、そこまで思ったところで先程考えていたことを思い出してみると後半は全てリエーフくんのことだった。



「気のせいです!そんな顔してません!」
「知ってる?名前って隠し事するとき敬語になるんだよ」
「うるさいうるさい!本当に何も考えてないってば!これ以上言うならロングトーンの練習時間増やすよ!?」
「なんて理不尽な!パーカッションずるい!」



部長の特権だ!なんて言って腕を組むと今度は両サイドからブーイングが飛んでくる。と、タイミング良く顧問が休憩終わりを告げにきたため話はそこで終わった。

私は部室へ帰る間、リエーフくんが頑張ってるんだから私も頑張らないと、とか帰ってきたら合宿の話聞かせてくれるかな、とか結局浮かれつつある考えばかり抱くのだった。









家に帰ってご飯もお風呂も済ませ、ベッドに腰掛けながら膝に楽譜を置く。指先をスティックに、太ももらへんをスネアドラムに見せかけて眠たくなるまでひたすら個人練習をしていた。

夢中になってずっと頭の中で他の楽器を演奏しながらペチペチと叩いていると突然ドアをノックする音が聞こえ、我に返った途端ベッドサイドのテーブルに置いて流したままのメトロノームの音が耳に届いた。



「名前、携帯置きっぱなしだし何回か電話鳴ってるわよー」
「えっ、嘘。ありがとう」



慌ててドアを開けると私の携帯を持ったお母さんが現れた。練習も程々にね、とだけ言い残してお母さんはすぐ下の階へと降りていく。

携帯を開くと知らない番号から2件、それとSNSメッセージが1件。なんだろうと思いながらとりあえずメッセージを開くと夜久からだった。



"お前の番号、これで合ってる?"



その文章と共に送られてきてるのは間違いなく私の番号。返事が遅くなったことを詫びながらそうだよ、と肯定の文を送るとすぐに既読が付いた。

それにしても突然どうして私の番号を?
夜久とは2年の時の野外学習で同じ班になり、迷子になったりしたとき用にと番号を交換した。もしかして知らない番号からの着信は夜久だった?交換した番号、もう古いのかな。

よくわからないまま画面を見つめて返信を待ってると先程から掛けてきている知らない番号が画面に表示され、携帯が震えた。



「もしもし?」
「名前さんっ…こんばんわ!」
「ん…リエーフくんだ。こんばんわ」



耳元で聞こえたのは元気が良くて安心出来る声。思わず頬が緩んでしまった。



「どうかしたの?」
「すんません、夜久さんに番号教えてもらって…つい名前さんの声が聞きたくて電話してしまいました」
「えっ…私の声を?」
「はいっ!元気出ました!」



久しぶりに聞くリエーフくんの声は変わらずいつも通りで。合宿で疲れてるはずなのに、夜久たちに何度もスパルタ練習で扱かれて大変なのに、私の声を聞きたかったから休める貴重な時間を使って電話を掛けてくれたのかと思うとなんだか心がむず痒い。

それから話したことはリエーフくんの合宿の内容だったり、私の部活のことだったり夏休みの課題のこととか、夜久の身長のこととか。

他愛もない会話が続いてあっという間に一時間近く電話をした頃、リエーフくんの後ろの方で黒尾くんの声が聞こえた。



「うっ…黒尾さんに怒られたのでそろそろ切ります…」
「ふふっ、わかったよ。遅くまでありがとう」
「えっ!こちらこそ遅くまで付き合わせてしまってすんません!」
「気にしないで、楽しかったよ」



ベッドでゴロゴロしながら出したままにしていた楽譜を整えて机の上に置き、寝る体制を整えた。

そろそろ電話も終わるのかと思うと少し寂しいけど体は今にも寝てしまいそうなとこまで限界に近くなっていた。



「あっ、名前さん」
「ん?どうかした?」
「えっと…部活頑張ってください!」
「ありがとう。リエーフくんも頑張ってね」
「あざーっス!…あ、あと」



少し言いにくそうに話を切り出したリエーフくん。私はまだ起きてたい気持ちを込めて少し目を擦った。



「無理はしないように!熱中症とかなったら元も子もないですから!」
「ふふっ、ありがと。そうだ、今度は私が差し入れ持ってくね」
「えっ!?いいんですか!?じゃなくて、名前さんも忙しいんですから気にしないでください!」
「そう?じゃあ暇なタイミングがあれば行くね」



はい!と元気な返事を聞いてまた自然と頬が綻んだ。



「じゃあ、おやすみなさい」
「うん。おやすみ、リエーフくん」



心地良い無音が続いたあと、リエーフくんが電話を切った。まだ緩んだままの頬に触れて心が暖かくなるのを感じた。

布団に潜ったあともさっきまで聞いていたリエーフくんの声と、学校で見かける太陽のような笑顔を思い出して私はごく自然と好きだなぁ、なんて思いながら眠りについたのだった。


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