灰羽と。 | ナノ








3年生最後のIHはベスト8。

それでもまた残った先輩達と共に春高に向けて俺たちの練習は止まらない。

早くエースにならないと。焦る気持ちと心が折れそうな瞬間と、できなかったことができた嬉しさと大きい俺なんかでも越えられないほどの新たな壁と。



「早川!休符溜めすぎ、もう少し気持ち早めに!」
「気を付けます!」
「豊田はクレッシェンドをもっと滑らかにできるようにすること」
「はい!」
「もう一回、C'のフルート始まりから!」



俺たちバレー部が目指す大会があるように、他の部もそれは同じで吹奏楽部も夏のコンクールに向けて毎日必死だった。

文化部にも関わらず土日だって早くから遅くまで練習して忙しそうで、同じクラスの吹奏楽部の子にも聞いたけど夏休みはコンクールが終わるまで休みなんてものは存在しないとか。



「名前さん、気合い入ってますね」
「そらそーだろ。名字は中学からずっと吹部でパーカッションやっててわりと強いとこいたからな」
「そうなんですか!?」
「うちの吹部も結構凄いけど、ここ数年は全国行けてないらしいからな。今年こそは行きたいんだろうな」
「なんで夜久さんも海さんもそんなに知ってるんですか!俺も名前さんのこと知りたいです!」



休憩中、体育館の入口から中庭で練習をしている名前さんを見て独り言を呟くと海さんと夜久さんがそう言った。

そっか、名前さんあんなに小さいのにあんなに迫力のある打楽器やってるんだ。すごい。

部長ということもあって他の楽器のパート練習にも付き合わなきゃいけないし、打楽器だから指揮者の代わりにリズムを取らないといけないってこの間たぶん同学年の先輩と話してるのが聞こえたのを思い出した。(盗み聞きではない!と思う!)



「リエーフ、お前もサボってばっかいないで頑張れよ?」
「わかってますよ!俺は音駒のエースですから!」



煽られて思わずそう言うけど、実際程遠いことぐらいわかってる。

もうすぐ夏休み、学校に来れば名前さんにも会える。練習にも気合いが入る。

俺も負けてられないし、名前さんにかっこいいとこ見せたい。



「よーし!研磨さん!トス上げてくださーい!」
「えっ…嫌」









夏休みが始まった。

私の、私達の最後のコンクールは夏休みが始まって半月後の8月頭に行われる。

東京は激戦区。なかなか全国には行けないのはわかってるけど、私はなんとしてでも行きたい。ここを突破して、関東区域も突破して、全国大会の行われるあの大きなホールでまた演奏したい。



「名前、ちょっと休んだら?」
「何言ってんの、まだお昼だよ?休んでらんないよ」
「うげっ、お昼休みでさえ自主練と全楽器の譜面チェック…働き者なのはわかるけど、ちゃんと休まんと倒れるぞー?」
「大丈夫、私強いから」



同じ3年生の部員の子たちの気遣いは嬉しいけど、本当に休んでらんない。

私が頑張らなきゃ。
私が頑張らないとみんなも付いてこれない。

引っ張ってあげなきゃ。



「失礼しまーす!名前さんいますかー?」



突然呼ばれた自分の名前に譜面に書き込んでいた手が止まる。
部室の入口を見るとドアの上の窓枠に手を掛けてこちらを覗き込む巨神兵…もとい、リエーフくんの姿。



「リエーフくん?」
「あっ!名前さん!お疲れーッス!」



巨神兵…どこで買えるの、そのシャツ。
なんて思いながら思わずクスッと笑うと不思議そうに首を傾げるリエーフくんは大きいのに小さな子供みたいだ。

私が座っていた隣にもうひとつイスを引っ張ってきて手に持っていた袋を私に掲げると眩しいぐらいの満面の笑みを浮かべられた。
思わずドキッとしてしまう。



「これ!差し入れです!」
「差し入れ…?私に?」
「ハイ!室内でも熱中症になったりするかもなんで、スポドリと…あとアイス買ってきました!」



受け取った袋の中には先程買ってきたところであろうまだ冷たいスポドリとアイスが2本。

嬉しくてつい頬が緩む。けど、どうして私に?



「もしバレー部にマネージャーがいたら、こういうことしてもらったら嬉しいなって思うことを名前さんにもしたら喜んでもらえるかなって思って来ました!…あっ、アイスは一緒に食べようと思って!」



全く、この子は。

私は彼のことをほぼ何も知らないようなものだ。たぶん、それは彼も同じ。

話した回数も本当に少ない。最近になってたまたま会うと挨拶して軽く話すようになったぐらいなのに。



「名前さん?」
「…ありがとう、リエーフくん」



心が、暖かい。
頬が熱く感じるのはきっと夏のせい。

お礼を言った私の顔を少し目を見開いて見たリエーフくんは、少ししてすぐにまたニッと笑った。


手を止めてふたりでアイスを食べながら色んな話をした。開けた窓から入ってくる風は生温いけどなんだか心地良かった。


たまには、休むことも必要かな。




(おいてめぇコラリエーフ!!見当たんねーと思ったらこんなとこでサボってやがったな!?)
(ゲッ、夜久さん!!違いますよ!!休憩時間終わったら戻るつもりで…)
(お前は練習!休憩中も練習!戻んぞ!)
(いっ…嫌だ!助けて名前さん!!)
(えっ…と、頑張ってね!)
(頑張ります!行きましょう夜久さん!)
(後で覚えとけよ…!!)


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