short | ナノ






桃の香り。

ふわりと春風に揺られて届いたのは桃の香り、やったと思う。



「名前、お前パンツ見えんぞ」
「んなっ!見んといてやっ!」
「いや、見ようとしてるわけちゃうて」



階段をバタバタと駆けてく中学からの同級生。

なんや縁があんのか中1から高2の今にかけてクラスは絶対一緒。仕組まれてんのか?って思う反面、めちゃくちゃ嬉しい自分がおる。

嬉しい理由は一個だけ。俺は名前のことが好きやから。こいつがどう思ってるんかは知らんけど、毎年クラス発表されるときは必ず俺に一番に同じクラスであることが嬉しいって伝えてくれるしまぁええかってなってる。



「名前、最近可愛くなったよな」
「そーか?」



隣でニヤニヤしながらそう絡んでくる片割れに心の中でいつでも可愛いに決まっとるやん、とごく自然に思った。他の女子はほんまに興味無いねん。名前だけ、ほんまにかわえぇなって思える。



「好きなやつでもできたんかな?」
「それと関係あんの?」
「女の子は恋することで可愛くなる!ってよく言うやん?」
「お前が言うたらキモいわ」



俺の一言にぶーぶー喚く侑を置いて部室へと向かう。

恋することで可愛くなる?んなわけないやん。前までの俺ならそう思っとったやろけど、実際最近ここ1年ぐらい名前の可愛さは急成長を遂げとる。

ほんまに好きなやつでも出来たんやろか。今まで無駄に長い片想い拗らせてきた俺やけど、さすがにそれは焦る。そんな様子、一回もなかったからや。



「なぁ名前」
「んー?おさむ?どないしたん」



名前の好きなとこそのいち。
顔見んでも声聞いただけで俺のことがわかる。

侑の声聞いて侑ってわかるんかは知らんけど、ちゃんと俺のこと見て知ってくれてるんやなって思うと心がむず痒い。



「好きなやつでもできた?」
「…はぇっ!?なんなん急に!」
「侑が言うとった」
「えっ…と、その…あれよ、年頃やから私も」



教室に入ろうとしとったのにドア開ける手を止めてこれでもかってぐらい顔赤くして目線を泳がせる名前の態度は完全に肯定してるようなもん。

なんかイラッとする。腹立つ。どこのどいつやねん、名前のことこんな可愛くしたやつ。ナイスと思う気持ち2割、死んでくれと思う気持ち8割。物騒やな俺。



「ふーん…?」
「あっ…と、授業始まるで、治」
「なぁ」
「どしたん…?」



無理矢理話終わらせて教室に入ろうとする名前の腕を掴んでさらに無理矢理俺の方に向かせた。

ちょっとしゃがみこんで目線合わせたら俺より大きい目がちょっとだけ揺れた気がした。



「俺もな、長いこと好きなやつおるねん」
「えっ……そう、なん?」
「うん」



さっきまで赤くしてた顔はどっかにいってもーた。

今誰かが後ろから俺のこと押したら誤ってキスしてしまうんやないかと思うぐらい近い距離。ドアに手掛けて所謂壁ドンしてる体制になって名前のこと追い込んだ。


あ、また桃の香り。
こいつどっからそんなええ匂いさせとんのやろ。



「誰やと思う?」
「…そんなんわからへんよ」
「名前にやったら教えてもええで。名前は俺に教えてくれんの?」
「へっ…むり」
「…なんでなん」



あからさまに機嫌悪なった顔したら名前は困ったように目を逸らした。
なんや俺の知ってるやつなんか?侑?クラスに名前が好きになりそうなやつおったかな。年上か?

そんな風に考え巡らしてたら名前が俺の肩を軽く押して先生来るって、と小声で呟いた。なんかその態度も腹立ってムッとした顔のまま名前の首筋に顔を埋めた。



「おっ…おさむ!?なにしてん…」
「桃の香り。これなに?」
「え?」
「前から思っててんけどなんか付けてんの?」



すんすんと首筋を嗅ぐと擽ったそうに身をよじる名前がとんでもなく可愛い。

ちょっと体離して目を合わせると顔を真っ赤にして潤んだ目で睨まれた。怖ないで、むしろ可愛すぎる。



「私なんも付けてへんよ。香水とか苦手やし」
「ほななんでこんなええ匂いするん」
「柔軟剤…?」
「なんかちゃう」
「わからんわそんなん」



名前の好きなとこそのに。
怒ってても何があっても俺の質問や会話に必ず返事してくれるとこ。

扱いにくいやろうて。でも名前は関係なしに俺の話ちゃんと聞いてちゃんと返事してくれる。そんだけでも幸せやのに、俺は我儘やったらしい。足らん。



「名前」
「なに?」
「好きやわ」
「…へっ!?」



思わず言ってしまった。
長いこと片想い拗らせてた俺が。
言ってしまった。

目を逸らして答えも聞かずに教室入ろうとしたら今度は名前に腕掴まれた。
やばい、怒っとるかもしれんと思って恐る恐る振り向いたら名前は俯いてた。

でもサラサラの髪から覗く耳はめちゃくちゃ赤かった。



「逃げんの、ずるい」
「でもお前好きなやつおんのやろ?」
「私も、」
「は?」



タイミング良く予鈴が鳴る。
その中でも名前の声は小さいのにハッキリ聞こえた。



「私も、治が好きやで」



先生が来てはよ入れと急かされるまであと10秒。

桃の香りが風に乗って俺の鼻に届いたとき、あぁこれ俺にしかわからん名前の匂いなんやと思った。

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