「ロォーリングサンd「阻止!!」 昼休みが始まったばかりの、賑やかになる前の購買。 チャイムが鳴って数秒後に飛び出して目当てのパンを誰よりも早く、誰よりも多く手に入れるために駆け抜けた俺は今日も一番乗り! …のはずだった。 「ッてぇ!」 「ふん。廊下は走るなって何度も言ってるでしょ、西谷くん」 俺の全力のローリングサンダー(滑り込み一番乗りバージョン)を体当たりで止めた女。 そう、生徒会副会長の名前だ。 1年の頃から生徒会に務めてる名前は事ある事に俺に突っかかってくる。確かに廊下を走ったり大声で叫びながら技を突然発揮させる俺のことが生徒会の人間としては厄介なのだろう。 でも昼飯は別だ!! 「あーっ!他の奴らが来ちまったじゃねぇか!」 「当然の報いです。皆さんは授業終了のチャイムとともに終礼をし、しっかり購買まで歩いて来られるのにも関わらず西谷くんは終礼も無しに走り、ましてや訳の分からない動作を…」 「あーもーわかった!わかったから俺の飯がなくなる前に先に買わせてくれよな!」 名前がまだ話は終わってません!と叫んでるのを聞こえないふりをして通り過ぎ、ダッシュで購買戦争へと参戦した。 無事カレーパンと焼きそばパン、あとコロッケパンだけは確保出来た俺は安心して飲み物を買おうと次は自販機へと向かう。 「コラッ!話は終わってませんよ!」 「げっ、まだいたのかよお前!」 「お前なんて名前ではありません!そもそも西谷くんは」 「わーったから!飯食いながら話聞くからよ!」 腕を掴まれて捕獲された俺は諦めて教室へと名前を連れて向かう。 その道中もぶつぶつと何かを述べる名前だったが右から左に流して教室で待つ龍たちになんと話そうか考えていた。 そもそもこいつは黙っていればすっげー美人。キリッとした顔付きに潔子さんとはまた違った赤縁のメガネは色気がすごい。サラッサラの髪は校則を守ってか肩には付かない程度にいつも揃えられていて手入れされているであろう指先はいつもつるんとしていて綺麗だ。 「お前ほんとはすげー美人なのにな」 「………は?」 思わず足を止めて言ってしまった。 入学したての頃、女子の制服の可愛さに思わず惹かれて烏野を志望した俺の前に表れた名前は正しく俺が求めていた女子高生だった。今も変わらず美人だと思うし友達と話している時に見せる笑顔は年相応の少女らしさがあって可愛い。 授業中も姿勢が良くてノートを取るときに耳に髪をかける仕草は色っぽいし、先生に当てられて黒板に答えを書いたあと振り返るときの顔は凛々しくてかっこいい。 あれ、俺すげぇ名前のこと見てたんだな。 そんなことを考えてる間にも名前は口をぱくぱくさせながら言葉にならない声を出していた。 「にっ…のやっ…え、あなたえっ…うぇっ!?」 「いや…あの、なんかわりぃ…」 「なっ…自分が何を言ったのかわかってるのですか!」 「わかってんだけどよ…お前って可愛いくせにいっつもガミガミ怒ってもったいねぇんだよ」 「はっ!?えっ……はっ!?」 2回もは!?って言ったなこいつ。 みるみるうちに顔が赤くなる名前に俺もちょっとだけ顔が熱くなる。そこで自分がとんでもない発言をしていたことに気付いてしまった。 これは引かれてもおかしくない。というか、怒られても仕方ないというか。いつもならここでふざけたこと抜かすんじゃありません!とかそういう言葉は大事なお方にのみ言っていいものです!とか言い返してきそうなんだが、なぜか名前は肩を震わせて俯いたまま黙ってしまった。 「わっ…悪かったって!んな怒んなよ、な?」 「…にっ、西谷くんは!」 「はい!」 突然俯いたまま大声で呼ばれて思わず改まった返事をして背筋を伸ばしてしまった。 バッと顔を勢いよく上げた名前は耳まで真っ赤で目が少し潤んでいる。やべぇな、これは相当怒らしちまったか…? 「誰にでもそういうことを言うのですかっ!?」 「…えっ、はぁ?」 「だから!誰にでもそうやって可愛いとか美人だとか言うのですかと!聞いているのです!」 どういうことだ? 俺は別に誰にでもそんなこと言えるような…あー…潔子さんには四六時中言ってるな。 そこで思いついた俺に気が付いた名前が大きな目を釣り上げて睨んでくるもんだからさすがの俺も怯んだ。 「清水先輩に対してもいつも言ってますよね」 「潔子さんは別だろ、ほら女神だから…」 「だったら!だったら私なんかにそんなこと言わないで頂きたいです!」 「お前、何に対してそんなに怒ってんだよ?」 今にも泣き出しそうな顔をして怒ってる名前にそう聞けば今度は困ったように眉を垂れ下げ、視線を泳がせてまた俯いてしまった。 飼い主に怒られた犬みたいで可愛いと素直にそう思ったけど今これを言えばまた怒鳴られるに違いないと答えを待っていると、口篭りながら両手を胸の前でそわそわさせ始めた。 「いっ…言えないです」 「…はぁ?」 「だから!言えないと言ってるのです!」 「意味がわかんねーよ!言えよ!なんなら俺にばっか突っかかってくる理由も言え!」 「嫌です!絶対に嫌です!」 廊下で言い合いしてる俺らを止める奴はいない。みんなそれぞれの場所で飯を食い始めてんだろうな。俺も腹減った。腹が減ったのも踏まえた上でウジウジと理由を話さない名前にも少し腹が立ってきた。 このままじゃ埒が明かねぇし、龍たちも待ってる。話さねぇって本人が言うのならこれ以上話すことはないかと止めていた足を再び動かした。 「じゃあもう聞かねーよ。俺は戻るからな」 「あっ…ちょっ、ちょっと!」 「だぁー!もうなんなんだよ!」 「私はっ…西谷くんのことが好きで、ずっと見てたからそういうこと言われたのが嬉しくて!」 は? ピタッと足が止まった。 今なんつった? 振り返ればまた今にも泣きそうな顔をした名前が両手を握り締めて俺を見ていた。 「…お前、俺のこと好きなのか?」 「好きです。1年の頃から、好きです」 「名前が?俺を?」 「そうです」 「好き?なのか?」 「何度も同じことを言わせないでください!」 指先まで真っ赤になった名前は俺に背中を向けて黙ってしまった。 頭が追いつけない俺は一度整理するために考えた。 名前は俺のことが好きで、生徒会だから副会長だから校則を守るために俺に注意してて、好きだからいつも怒りに来てて、ずっと見てて…? ずっと見てたのは俺もじゃねーかよ。 なんだよ。俺もかよ。だから俺今こんなに喜んでんのか。 「なぁ、名前」 「あー!わかってます!言わないでください。西谷くんにとって清水先輩が一番なことぐらいわかってます!」 「俺潔子さんより好きな奴がいるって気付いたわ」 「えっ…そ、そうなんですか?それは失礼しました。ということは私は…」 振り向いた名前は堪えきれなかった涙を1粒ぽろりと零して悲しい顔をして目を伏せた。 こいつ、俺に振られたと思って泣いてんのか。じゃあ俺が今から言う言葉聞いたらどうなるんだ。いつもみたいに怒鳴るか?はたまた嬉しそうに笑うのか。びっくりして泣くかも。 そう考えただけで悪戯心に火がつく。ニッと笑った俺に名前は不思議そうな顔をしながらまだ失恋したと思い込んで泣いていた。 「俺、名前が一番好きだ」 このあと、泣きながら笑って怒られた俺は昼休みの時間が無くなって体は空腹、心は満たされたまま午後の授業を受けることになる。 [しおり/もどる] |