恐らく私は平々凡々な、ごく普通の女子高生なんだと思う。毎日学校へ通い勉強もそこそこ、放課後の帰り道を友人と笑って話して帰宅すれば母と父、そして弟がおかえりと私を迎えてくれる。温かいご飯にお風呂、そしてテレビを見たり雑誌を読んだり時にはテスト勉強をしてこれまた温かい布団で眠りにつく。
ほら。至って普通だ。一般的な年頃の女子高生だ。このまま普通の生活を過ごして特別輝きはしないけれども明るい未来を歩んでいくんだ。そう思っていた。


「夏目貴志です。よろしくお願いします」


高校生になって間もない頃、クラスメイトが増えた。びっくりするほど綺麗に整った顔立ちの彼は無表情に教壇から教室を見渡していた。
色素の薄い髪と瞳、美人さんだなぁって少し羨ましく思いながら私は一限目の教科のノートを机から取り出した。彼の席は私の席の左の左。窓際だ。いいなぁ窓際。羨ましいばかりだな、なんて思いながら握ったシャーペンで空中に円を描いた。


………


空は澱んでいて今にも雨が降りそうだな、置き傘あったかな、なんて呑気に考えていた。
体育で使ったハードルを片付けて先生に頼まれた倉庫の鍵閉めをしようと扉を閉める。と、同時に背後から砂を踏む音が聞こえて振り向いた。


「えっと…夏目貴志くんだ」
「苗字さん、で合ってるかな」
「…名前知っててくれたんだね。苗字 名前だよ、よろしくね」


正直、これから先話す機会もほとんどないだろうし彼にとってクラスメイトの一人でしかないだろうと思っていた。だから名前をもう知ってるだなんて思わなくて一瞬鳩が豆鉄砲を喰らったかのような顔をしてしまった。
自己紹介も程々に、色々考えてみたけど何故彼が私の元へ来たのかも話しかけられたのかもわからなかった。律儀に挨拶?このタイミングで?このあと昼休みだし、その時でも良くない?なんてまた呑気な。


「あ、倉庫に用事あった?」
「いや…そうじゃないんだけど、その」


とても言いにくそうにしている夏目くんに私は首を傾げることしか出来なかった。なんだろう、彼が言おうとしてることがわからなくて次の言葉を待つことしか出来なかった。
夏目くんは待たせている罪悪感と、言ってもいいのだろうかという悩みのせめぎあいで焦っている様子だった。


「苗字ー夏目ー、挨拶しないと授業終われないぞー」
「はい!今行きます!」


グラウンドの隅に集まり始めている生徒と先生、声を掛けられて反射的に返事をした夏目くんを見て私は倉庫を閉めた。鍵を手に持って夏目くんと目が合ったから一緒に歩き出すと覚悟?を決めたらしい夏目くんが勢い良く私を見る。


「あの…どっかで、会ったことないかな?俺と…苗字さん」


足を止めた。
どっかで?はて。私は生まれてこの方この街から出たことがない。夏目くんも、転校生してきたとは聞いたけど戻ってきたとか元々ここに住んでいたとかも聞いたことがない。気のせいではないだろうか。
わかった、私が普通の人間だからだ。どこにでもいそうな女子高生、だから誰かと間違えているのだろう。そう思って笑って気のせいじゃないかなと伝えようとした。


「私、どこにでもいそうな顔してるからさ。だから誰かと間違えてるんだよ」
「…そう、なのかな」
「たぶんだよ?だって私、この街から出たことないし、夏目くんもここらへんに来たことないでしょ?」
「じゃあ俺の勘違いかな…ごめん」
「謝らないで、誰にだって間違いはあるんだよレイコ」


あと五メートルも進めば整列し始めた生徒達の中へ自分たちも並べる。そんな距離のところで私は笑いながら気にしないでと夏目くんに伝えたところだった。隣を歩いていた彼の姿がぴたりと消えたものだからどうかしたのかと振り返ると夏目くんは目を見開いて私を見ていたのだ。何か変なことを言っただろうか。思い返してみても特に思い当たらず私は再び夏目くんに尋ねようとした。


「今、レイコって…」
「そうだよ?何もおかしなこと言って───」


レイコって、だれ。
彼の名前は夏目貴志くん。そうだ、今朝彼がそう自己紹介したのだ。なのに私は今無意識に違う名前で彼を呼んだ。性別も違うであろうその名前を持つ知り合いは私の周りに一人もいないはずだ。なのに、どうして私は彼を"レイコ"と呼んだのか。


「お前ら早くしろよー」
「あっ…はい!すみません!」


先生に声を掛けられて慌てて自分の場所へと駆け足で並んだ。少し離れた場所に夏目くんも同じように急いで向かった。終わりの挨拶を済ませるために授業の振り返りをする先生の声が全く頭に入ってこない。
昼休みになって何故か気まずくて夏目くんから逃げるように校舎裏の木陰に一人でお昼を食べた。午後の授業もボーッとしていて二回ほど先生に注意されてしまった。
レイコ、レイコって誰だろう。どれだけ記憶を探っても誰も何も欠片も出てこず、不思議なファーストコンタクトのせいで私は謎に夏目くんから距離を置くようになってしまったのだった。