ランチタイムの魔法



ガーデンテラスの隅っこでひとり企画書と睨めっこを繰り広げながらもう冷えきったであろうクリームソースのパスタを口に運んだ。味は正直わからない。来週校外で行われるTricksterのライブについて考えることで頭がいっぱいいっぱいだ。
くるくると不必要にフォークに巻かれているパスタもきっと悲しいことだろう。美味しい出来たてを逃され、挙句すぐに食べるわけでもなくただくるくると纏められているだけなのだから。

随分長いことそうしていたと思う。たぶん、昼休みもあと10分あるかないかぐらい。わかっていてもこの企画書をどうしても放課後までに仕上げて生徒会に通したいのだ。
なんて思いながら頭を片手で抱えていると、反対の手にずっと持っていたフォークがするりと消えた。驚いて顔を上げた先にはずっと巻き続けられていたパスタを私の代わりと言わんばかりに口に運ぶ夏目くんがいた。



「うン。想像通り美味しくないネ」
「人のもの勝手に食べておいて文句?」
「食べないとパスタが可哀想だったからネ。子猫ちゃんがなかなか食べないかラ、見るも無残な姿になってるヨ」



ぺろりと唇に少しだけついたクリームソースを舐め取る彼の仕草が目に毒だ。夏目くんは同級生とは思えない程の色気の持ち主だということは前々から知っている。思わず視線を泳がせた私に彼は小さく笑って向かい側の席に腰掛けた。

そのまま机の上に放り出されている企画書を手に取り、片っ端から目を通していく。
その間にパスタを食べようとまたフォークに巻いてみるも、夏目くんの感想を聞くまで食べる気が起こらなかった。



「ボクの感想を待ってても何も助言を与えるつもりはないヨ、名前」
「えぇっ!?いじわる…」
「ハハッ、ほら早く食べテ。冷めてるけどまだ食べられるでショ」



促されるままにフォークを手に取ろうとした瞬間、先に夏目くんにフォークを取られた。どういうわけかパスタを巻き付けたのち、そのフォークを笑顔で私に差し出してくるもんだから困惑してパスタと夏目くんを交互に見る。



「食べないノ?」
「いや、私自分で食べられるよ?」
「ボクが食べさせてあげた方が美味しいかなと思っテ。ほラ」



あーん、と声に出してフォークを下げることなく待つ夏目くん。仕方が無いなと口を開けてパスタを食べると冷めてもなおとろりとしたクリームソースの味が口内に広がった。美味しい。
満足げに目を細めて笑う夏目くんは次を巻き付けてまた差し出そうとしている。さすがに恥ずかしいので止めようとするも、彼は鼻歌まで歌い始めたからちょっと止めるのも申し訳なくなってしまった。



「子猫ちゃんは頑張り屋さんだネ」
「…みんなに、負けたくないの。私だってやれば出来るって認めてもらいたいの」



また差し出されたパスタを食べながら企画書をちらりと見る。今回のイベントも、これから先受けるイベントも全部、さすがだねって言ってもらえるように。早く一人前のプロデューサーになれるように、努力を惜しみたくない。
夏目くんは私に餌付けをするかの如くパスタをタイミング良く与えてくれるまま、柔らかく微笑んでいた。



「君が頑張っている姿は誰よりもボクが見ているよ」
「えっ…夏目くん…?」
「フフ。きっと報われるサ。ボクは応援しているヨ」



歪むことなくすとんと私の中に入ってきた夏目くんの言葉に心臓が少し大きく跳ねた。
暖かな風がガーデンテラスを吹き抜けて予鈴が鳴り響く。お皿の中のパスタはもうなくなっていた。



「名前、ボクにだけは甘えていいからね」



愛おしげに私の目を見ながら微笑む彼の琥珀色の瞳が宝石よりも輝かしいものに見えた。



「…ありがとう」
「うン。いい子ダ」



ふわりと頭を撫でられたと同時に香る不思議な甘い匂い。
味っけのない冷えたパスタも夏目くんのおかげで素敵なランチタイムのひとつとして久しぶりに美味しかったと思える。


また、明日も同じの食べようかな。





(また同じの食べてるノ…?)
(えへ)

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