パッキンアイスとチューペット | ナノ






どうも、角名倫太郎です。
今日は土曜日。練習試合ということで大阪のとある高校の体育館に来ています。
なんやかんやでIHも近いため、部の空気は日に日にピリピリしている気もしますが、俺はいつも通りです。



「りんたろーくん!!お弁当持ってきたでー!!」



こいつもな。



「名前さんや!」
「名前さん、俺のは?」
「心配せんでもあるある!隣の県まで大変やろからな、何人おるかわからんけどいっぱい作ってきたんよ!」



なんでだよ。俺のだけでいいだろ。
いや俺のもいらねーわ。ていうか来るなよ。

アップがちょうど終わった頃に現れた名字さんは、ニコニコと忌々しい笑顔を浮かべて大きな保冷バッグを双子に見せていた。
わいわいと騒ぐ双子の周りに部員が何事かと集まりだし、終いには北さんまで歩み寄ってくもんだからそれには俺もびっくり。



「ちょ、北さん…練習試合なんですからいつものやつ言ってやってくださいよ」
「せやな。練習試合であろうとなかろうとちゃんとやんねん」



出たーーー!!北さんの必殺・ちゃんとやんねん!!
これでお前ら(主に妖怪)は何も言えなくなるだろ!!
さっさと戻って試合だ試合!!



「合挽き肉売り切れとって鶏ひき肉しかなかったし豆腐ハンバーグとかにしてみてんけど…あ、主将さん?こんにちわ!」
「こんにちわ。美味そうな弁当ありがとうございます」
「お前も乗せられんのかーい」



さすがにこれにはツッコんでしまった。
もちろん北さんには聞こえていない。

まさか北さんまで落とされるなんてあの妖怪、もしかして実は魔女で洗脳的な魔法でも使ってんじゃねーの?



「ほな私はこれで」
「えっ!?見てかへんの!?」
「お邪魔したらあかんし、さすがに帰るよ〜」



じゃあ俺んちもお邪魔したらあかんし来るなよ。



「俺、名前さんおったらいつもの100倍は頑張れんのになぁ」
「侑。いつも100倍で頑張れよ」
「北さんの言う通りだよ。ほら、名字さんには帰ってもらって…」
「でもそやな、応援してくれる人がおんのはええことや」



え。

今日の北さん、熱でもあるんじゃない?



「ほんまにいいんですか?」
「監督もオッケー出しとるで」
「サムも監督も北さんもこう言うてるわけやし…な?これだけのために大阪来たんになんもせんと帰らせるのも悪いやん?」
「んー…ほな、お言葉に甘えて」
「やったー!!」



やだー!!
俺はやだー!!

しかし俺の史上最大最高に嫌そうな顔とオーラとあと少しの可愛さ(?)を織り交ぜ詰め込んだスタンド機能は稲荷崎排球部の奴らには効かない。
し、妖怪改め魔女の前では無力どころかHPさえ削られてしまう始末。もう学んだ。何度も学んだ。
だから切り替えて何事も無かったかのように、何もそこにいなかったかのように振る舞うのが一番なのだ。俺は知っている。



そうこうしているうちに練習試合が始まり、1セット目は特に何か起こるわけでもなく試合が終了してうちの部が一足先に勝利を収めた。
相手のレフトがなかなか曲者な動きを見せてきてはいたが難なく点数を取ることが出来た。

あと俺の不機嫌メーターが双子のボケが多すぎるとき並みに上がってたためキルブロック(出来ることなら本当にキルしたい)が何度も何度も繰り出されて、何も理解出来ていない監督に褒められたぐらい。



「2セット目も気ぃ抜くなよー」
「うっす」



監督からの言葉に返事をしながらベンチに置いていたはずのタオルを探しているとニコニコしながら待ち構えている魔女の姿がすぐそこに。
視界に入っていないふりをしていたものの、その手に俺のタオルがあると気付いてしまい、止むを得ず受け取ることにした。



「…ありがとうございます」
「いいえ!倫太郎くんめっちゃかっこいいんやねぇ!ブロックって言うの?背ぇ高いだけあって映えるよねぇ」
「…あざす」



褒められ慣れていないこともあって少し照れてしまった。まさかこんな笑顔で直球に褒められると思わなかった。
目を逸らしてドリンクを飲み干し、ストレッチをしながらも次のセットに控えていた。

侑は相変わらず名字さんに俺のサーブ見た!?だのぎゃーぎゃーうるさい。耳栓が欲しい。
なんであんな妖怪兼魔女なんかに懐いているのかわかんないし、目障りでしかないので俺は極力視界に入れず奴のことを考えずいつも通りの平常心を保つことに気合いを入れた。



「はっ…待てよ」
「ん?どうしたんや、角名」



突然目を見開いた俺に驚いた大耳さんが若干肩を跳ね上がらせたあと俺を心配して歩み寄ってきてくれた。

よくよく考えろ、倫太郎。
名字さんに気を取られるとイライラして集中出来ないからと無視する方向に力を入れている時点で奴を意識していることにはならないか…?
そうだ、妖怪名字を視界に入れないよう動いてる時点で妖怪の思うがままなのだ。

俺は今まで負けてしまっていたのか。



「大耳さん」
「なんや?」
「俺こんなに屈辱的な敗北感味わうの初めてです」
「まだ試合終わっとらんしなんやったら1セット目勝ったけど…?」
「いいえ俺は負けてたんです。あんな妖怪なんかに…クソッ」
「角名お前大丈夫か?熱あるんか?」



心配してくれている大耳さんの言葉を最後に2セット目開始の合図が鳴る。
タオルやドリンクを置いてベンチから離れるときにまた名字さんがヘラヘラ笑って手を振ったが気付かなかったフリをして俺はコートへと走った。










「ありがとうございました」
「あざっしたァー!!」



長い一日を終え、片付けもテキパキと終わらせて行きと同じバスに荷物を運んでいく。と言ってもそんなに荷物は無いし、遠征の時より小さいバスなんだけど。

名字さんは電車で来たため、ここでお別れとなる。どうせアパートに帰ればまた嫌でも顔を合わすことになるし、なんならまた部屋にいそうで今のうちにここで殺し…消し…潰してしまいたい。



「名前さん今日はおおきにです」
「主将さん!いやいやこちらこそ、部外者やのに見学させてくれてほんまにありがとう!」
「名前さん〜!俺どやった?かっこよかった?」
「普段の侑くんとはまた違った感じやったしびっくりした!かっこよかったよ!」
「俺は?」
「治くんも!」



和気あいあいと会話しているが、俺はそこに混ざりたいなんて気持ちは微塵もないのでそそくさとバスへと乗る。
窓際の席に座れば隣に銀島がやってきて疲れたなぁと一言零した。

少し開いた窓から入り込む風が気持ちいい。
監督に怒られて名字さんと離れるのを惜しむ侑が見える。だからどうせお前も地元に帰れば会えるだろ。



「名字さーん!俺がいちばんかっこよかったやろ!また見に来てや!」
「うん!行く行く!……あっ」



バスの乗降口に立ってまだ話しかける侑に北さんが手を伸ばしたと同時に名字さんが何かを思い出したかのようなオーバーリアクションを見せた。

スマホをいじりながら横目にちらりとその瞬間を見て嫌でも耳に届く声がうざったくて俺はイヤホンを取り出してシャットアウトしようとしたのだ。



「でも、みんなかっこよかったけど、やっぱ倫太郎くんは特別かっこよかったかなぁ」



は?



イヤホンを付ける手が止まる。
侑は北さんに怒られていてその言葉は聞こえなかったらしい。

バスのドアが閉まって発進する。
またいつものようにヘラヘラ笑って手を振る名字さんに窓から身を乗り出して侑は手をぶんぶん振り返してまた北さんに怒られていた。

静まり返る車内。
みんな疲れて眠っていたり今日の反省をしているのだろう。



「…角名、大丈夫か?」
「俺は大丈夫」
「いやでも、熱あるんちゃうか?」
「俺は大丈夫」
「監督!角名が熱出しとるみたいです!」



片手で顔を覆って大きくため息をつきながら前のシートに頭をつけた。

なんだよ。なんだよそれ。
俺別にあの妖怪のことなんかなんとも思ってねーしむしろ腹立たしいストレスの原因でしかないし。



「やっぱ魔女かなんかじゃないの」



監督が慌てて氷嚢をどこからともなく持ってきて銀島の頭に中身をぶちまけたのはこの10秒後のことだった。



※ちなみに帰宅すると俺の部屋で妖怪がお腹出して寝ていたため、叩き起して部屋に送還した。

まえへ つぎへ

[しおり/もどる]