パッキンアイスとチューペット | ナノ






さてここで問題です。



「なんや正直けったいな部屋やな〜とか最初思ったけど日当たりええやん」
「仕送りの米これめっちゃ美味いやつや」



ここは俺の部屋で、宮ンズが遊びに来ております。



「せやろー?住めば都ってまさにこのことなんよねぇ」



何故そこに名字さんがいるのでしょう?

答え?
俺が知りたいよ。



「ていうか全員帰れ」
「もー!スナりん冷たいわぁ!」
「普段は優しい子なんよ、倫太郎くん」
「角名、腹減った」
「頼むから帰ってくれ」



机を囲んで座る3人は謎に意気投合して(治は知らない)お茶を啜っている。ていうかその湯のみどっから持ってきたんだよ。そのお茶も俺んとこのやつじゃねーだろどうなってんだよ。

俺は一緒に机を囲むのが嫌で畳んで隅に寄せた布団の上に腰掛けて携帯をいじることにした。
なんか俺の話をされてる気もするけどここで突っ込んでしまうと敗北感を無駄に味わうことになるため放置することにする。



「名前さんはおいくつなんですか?」
「私は今年で21歳になるんよ!三回生!」
「大学生で一人暮らしってすごいなぁ〜」
「嫌やわぁ、そんなん言うたら倫太郎くんなんか高一のときから一人暮らしやしもっとすごいやん?」
「あー確かに」



あからさまに俺の話になると適当な反応をする侑になぜかちょっとだけ腹が立つ。まぁいい。
治はついに冷蔵庫を漁り始めたけどもうそれも好きにすればいい。

溜め息しか出ない。
なぜこんなことになったのか?
俺にもわからない。
今日は体育館の整備で一日使えないからと部活が休み。だからゆっくりしようと決めた日曜日。
コンビニに昼飯を買いに行って戻ってくると部屋から聞こえるはずのない賑やかな声に嫌な予感を抱いたときに引き返せばよかったんだ。
けど俺は家でゆっくりSNSでも見ながら季節的にはちょっと早いパッキンアイスを食べたかったのでドアを開けてしまった。それが選択ミスだった。



「お!やっと帰ってきたんか!」
「倫太郎くんおかえり〜」
「角名、邪魔してんで」



うるさい奴らがいつの間にか侵入して他人の家でくつろいでいた。
鍵は閉めた。しかし前回わかったことだがこのアパートは鍵が全部屋同じ形のため例の如くあのバカ、妖怪クソ隣人ミミキコエナイ女が訪問してきた双子のために善意のつもりで開けたのだろう。
常識のある人間ならその時点でおかしいと思うはずなんだけど。

昼飯を食べる元気も無くただひたすら早く帰れというオーラを出し続けるも無意味なことを理解して現在に至る。
頼むから、本当に頼むから帰ってくれ。



「角名、プリン食べてええ?」
「プリン?そんなの買ってないけど」
「あ!それ私のやわ!食べてええよ!」
「なんでそうなるんだよ」



他人の家の冷蔵庫に、親しくもない隣人の家の冷蔵庫に自分の食べ物を保管するバカがどこにいるんだよ。
いや、いたわ。目の前にいたわ。
楽しそうに談笑する侑と名字さんの隣で嬉しそうにプリンを食べ始める治。
治だけは普通だと思ってたのに食べ物には目が無いため今は通用しないらしい。クソ。

諦めて冷凍庫にあるパッキンアイスを取り出し、全力で振りかぶって膝で割る(少しでもこのストレスをどうにかしたい)。パキッと気持ちの良い音を鳴らして半分に割れたそれを両手に持って布団に戻れば痛いほどに見つめてくる視線が3つ。
何見てんだよ。俺は反応しないからな。無視して冷たいそれをひとつ食べ始めるとさらに強くなる視線。



「なぁ角名」
「…なに」
「チューペット俺も食べたい」
「…食べればいいじゃん」
「私も食べたい」
「…食べればいいじゃん」
「俺「侑はダメ」なんでなん!!!!」



もうめんどくさい。好きにしろ。
半ば投げやりに俺は布団へと倒れ込んで冷たいパッキンアイスを食べた。美味い。

パキッとまた音が聞こえた。プリンを食べ終えた治が名字さんから片方を受け取り、ギャーギャーと騒ぐ侑にもう片方をあげていた。
侑は目を輝かせて名字さん優しいわ〜とかなんとかデレデレしてたけど何も見ない聞こえない振りをして稲荷崎バレー部のグループラインから大耳さんを見つけ出し、助けてくださいとだけ送った。



「なぁなぁ角名」
「今度は何」
「これなんて言う?」
「…パッキンアイス」
「パッキンアイス!?」



ニヤニヤしたムカつく顔の侑が指差すそれの名前を答えると名字さんが驚いた顔でこちらを見た。いやお前、双子に分けたからちょっとは優しいんだなとか思ったのに何一人で一本食ってんだよ。俺のだからな。俺の好物だからな。

心の中で悪態を突きながらも声には出さず不愉快ということがわかる顔をしてみるも妖怪には無意味である。知ってた。俺知ってた。



「チューペットやないの?」
「パッキンアイス」
「私チューペットやと思ってた」
「いや中身は一緒だけど」
「そうなん?なんでパッキンアイスなん?」



めんどくせぇ。非常にめんどくせぇ。
ここから関西ではこう呼ぶのに違う地方ではこう呼ぶから違和感が云々って話をし始めるのが目に見えてわかる。
絶対に俺は加わらないからな。



「私めっちゃチューペット好きやねん」
「食べやすいもんなぁ」
「それもあるねんけど、ちっさいときのおやつによくお父さんと半分こしてたんよ。ちっさいときのそういうおやつってなんか特別感あらへん?」
「わかる」
「サムは食いもんはなんでも特別やろ!」



呼び方の話にならんのかーい。

とまぁ口には出さずツッコミを入れながらも大耳さんからどないしてんと返ってきたのでこっそり無音カメラで部屋の状況を送り付ける。
察した大耳さんからご愁傷様やなとすぐに返事が来たが、文字こそはないものの(笑)と最後に見えた気がして最早助けを呼ぶことさえ不可能なことに絶望した。



「あー!サム!そろそろ帰らな僕のヒーロー学園始まってまう!!」
「まじか。それは帰らなあかん」
「何帰るのそれは残念もう来なくていいよじゃあまた」
「スナりんめっちゃ生き生きし始めたやん帰るんやめよかな」
「帰れ」



休みの半分以上が終わってしまったのは仕方ない、それは諦めるとして予想より早く帰ろうとする双子(主に侑)に脳内の俺はガッツポーズを決めた。なんなら踊り出す勢いだわ。

空になったパッキンアイスとプリンの容器と湯呑みを片付ける治に対して侑はもう既に玄関で靴を履いている。なんで双子でこんなに違うんだよ。
妖怪、名字さんも湯呑みを下げて玄関へ向かい、靴を履いている様子から帰るのだろう。
やっと一人の時間。やっと、奴らが帰る。



「ほな、また明日な!」
「お邪魔しました」
「じゃあ二人とも気をつけてなぁ」
「おい待て何故戻ってくる」



玄関の外へ双子を見送った後、部屋に戻ろうとする妖怪図々しさにも程があるクソ隣人の前で思わずブロックの体制に入ってしまった。
突如立ちはだかった俺に少し驚いた顔をしたものの、また奴はへらへらと笑い始める。



「片付けだけしとこ思って。倫太郎くん、せっかく休みやのに動かすの悪いやん?」



じゃあ最初っからくるんじゃねーよ。
とは言わずに大丈夫ですお構いなくと真顔で返したが俺よりも小さな体はするりと隙間から抜けて部屋に入り、洗い物をし始めた。

まぁいい。これが終われば名字さんもさすがに戻るだろう。ここまでは諦めて俺も机の上を布巾で拭いたりゴミを纏めたりした。



「倫太郎くん」
「…なんスか」
「今日の晩ご飯何食べる?」
「寝ます。おやすみなさい」



秒で布団を敷いてそのまま寝る体勢に入ってやった。
あらら、と小さく呟いた声が聞こえてきたが続きは特になかった。
しばらくして物音が止み、お邪魔しました〜という気の抜けた声が聞こえてきてドアが閉められた。
念願の一人。しかし疲労から睡魔に襲われて俺はせっかくの休日を面倒な3人と睡眠に費やしてしまうことになった。



目が覚めると日が変わる寸前で、机の上にラップがかかったオムライスと書き置き、それから新しくパッキンアイスが一袋と名字と書かれたプリンが冷蔵庫に追加されていたのは言うまでもない。

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