綺麗に空っぽになった食器と、律儀に手を合わせてごちそうさまでしたと呟く彼。 食べてる間にジャージを畳んだり自分の洗濯物をしたりシャワーを浴びたり。用事を済ませた私はお粗末さまでした、と返事して食器を下げた。 「ごめんねコンビニのご飯なんかで」 「いや、こちらこそアザッス…」 そろそろ帰った方がいいんじゃない?そう言おうと思ったけど、なんだか黒尾くんの様子がおかしい。 挙動不審というより、どこか思い詰めたような。何か言いたそうな。でも何?と聞いても首を横に振るだけ。 とにかく家は聞いても教えてくれないだろうし、学校に休みますって親戚装ってでも連絡入れておこうかな。先生たちも心配かもしれないし。 そう思ってスマホで学校の名前を入れて検索してみる。番号がこんなに簡単に知れるなんて、便利なご時世だ。 「…うん?」 嫌な予感がした。 何度か検索してみても、何も引っかからない。そうだ、漢字。漢字で調べるときっと絞れるはず。 「ねぇ、黒尾くん。ネコマってどんな漢字で書くの?」 「漢字?音楽の音に駒…馬偏の」 「ふーん」 「ねぇ、黒尾くん」 「…はい、ナンデショウ」 「君、どっから来たの?」 携帯の画面には検索結果が存在しませんの文字。 地図も出ないし関連ワードも何も出ない。 私の質問に固まる黒尾くんは俯いて困ったような顔をした。 「あのー…俺にもわかんねっス」 「へ?どういうこと?」 「気付いたらここにいたっていうかその…」 学校どころか家も連れも何も無いんスよねー。 ははっと乾いた笑いをしながら頭を掻く彼の言葉が何度か脳内で反芻した。 家も?連れも?何も無い? どういうこと? 「俺、ここの世界の人間じゃないみたいなんで」 何、そのドラマみたいな話。 そう笑って言えればよかったけど、彼の目は真剣な色をしている。こんなの笑えるわけがない。 どうしたものかと頬杖をやめて腕を組んで考えていると黒尾くんはまた不安そうな顔をしながら頭を掻いて俯いた。 「んーと、つまり君は元々違う世界に住んでいて、そこの音駒高校ってとこの生徒で、でも昨日から家も高校もなくてお友達もいない…と?」 簡潔に聞くと小さく、でも重たく頷いた彼を見てため息が出た。 もしかしたらこの歳の子達の新手のいたずら、遊びなのかもしれない。嘘なのかもしれない。 ちゃっちゃと適当にあしらって追い出してもよかったんだけど、私が小心者っていうのも含めて出来なかった。 こんなに困った顔してこんなに居心地悪そうにしてるのに、嘘だ!なんて言えない。 「…話、聞こうか」 私は立ち上がって飲み物を取りに行った。 ○ いつも通り部活が終わって部員達と寄り道をして帰っていた。 いつも通り、それは本当にいつも通り。 リエーフとやっくんのやり取りに笑いながら話してそろそろ解散かとバス停で別れた。 これもいつも通り、幼馴染みの研磨と帰ろうとしたところ、目の前の道路に駆けてく少女の姿を目にした。 「クロ…!」 横から迫るバスが視界に入った瞬間、荷物を全て研磨に投げ渡して何かに弾かれたように体が飛び出していた。 あれ、俺こんな飛び出すような良い奴だっけ? スローになる世界の中、バカみてぇにそんな呑気なこと考えてた。 女の子の体を突き飛ばして真横にバスの存在を捉えた瞬間、俺は終わったなと思い目を閉じた。 「…は?」 次に目を開けたときに見えたのは病室の天井…とかではなく全く見覚えのない場所だった。 駅前らしきその場所は人がごった返していてその中にポツンと目立つ赤のジャージ姿の俺は真ん中に立ち尽くしている状態だった。 「…研磨?」 名前を呼んでも返事はない。 駅名は地元からそんなに遠くない地名を差している。 嫌な予感がした。 謎の焦燥感から冷や汗が背中を伝う。突然走り出した俺を不審に思い振り返る周りの人間を無視して地元と思わしき場所を目指した。 「やっくん!リエーフ!」 呼んだって返事はない。 地元のはずなのに、知らない場所みたいだ。 「山本!福永!」 家があるはずの場所も、学校があるはずの場所も。 「芝山…犬岡、おい…」 何もどこにもない。 ただ日が沈む街の中で俺だけ色を失ったみたいだった。 「俺、どこに来ちゃってんの…」 気が付くと止まった足、それと同時に痛む瞼。手を当てると血が付いた。そこそこ流れているのか、先程から視界が霞んでいたのはこれが原因か。 走り回って少し速くなる心臓に生きていることを実感する。死んだわけではないらしい。 「クソッ…」 走り疲れて思わず座り込んだその場所はマンションのゴミ捨て場。 こんなとこで、何してんだ俺。 ゴミ捨て場の決戦、どうなんだよ。 あいつらは。 研磨は誰が引っ張るってんだ。 「わけわかんねぇよ…!」 大きなため息を吐くと同時に眠気が襲い掛かってきた。少し寝て、起きたらきっと元に戻ってるだろ。 そんな安易な考えと少しの祈りを込めながら俺は意識を手放してしまった。 ○ 「…で、大雨に気付かず爆睡して私が拾ったって?」 「そういうことになりますネ」 話したら少しスッキリしたのか黒尾くんは調子良さそうに笑った。 まぁでもだからどうすんだって話で、それは彼もわかってるみたいなので突っ込めないけど。 「寝ても帰れなかった上にこの世界では帰るとこもないのねー…」 「ソウデスネ」 「うーむ。そうねぇ、お姉さんちを家にしちゃってもいいんだけどさぁ。そこんとこ黒尾くんはどう思う?」 軽い感じで問いかけた私の言葉にそっスねーなんて呑気に返事しながら少し冷めかけのコーヒーを飲む黒尾くん。 恐らく一口飲んだときに私の爆弾発言に気が付いたのだろう、盛大に噎せ込むと大声でハァ!?と叫んで身を乗り出した。 「アンタ、何言ってんのかわかってんのか?」 「わからないほど子供じゃないよ。ていうか、何?そんなに嫌?」 「そうじゃなくて!俺びっくりするほど現実離れした話したのわかってんのかよ!」 「えっ、うん。マンガみたい」 ケラケラと笑う私に三白眼をさらに点に変えて黒尾くんは驚いていた。 だって仕方ないでしょ、受け入れる以外なくない?なんて言えば彼はまた俯いて何も言えなくなっていた。 「家、ないんでしょ?ここの部屋、2LDKだしそこの部屋も荷物置きみたいなもんだからそこ使えばいいよ」 「い、いいんデスカ…」 「どーぞ。お金にも困ってないし、高校生ひとり養うぐらい…あ、これ犯罪とかなんないよね?大丈夫?」 万が一私と黒尾くんが道を踏み外す、なんてことはないと思うけど、一緒に住むのって大丈夫かな?なんて考えてたら黒尾くんが吹き出して堪えながらも顔を手で覆いながら笑い始めた。 あ、やっとちゃんと笑ったなんて呑気に思いながら机に身を乗り出して彼の頭をガシガシと撫でてやった。 「まっ、おねーさんに任せなさいよ!」 「いてっ!ちょ、俺高校生なんですけど」 「私からすればただのクソガキだよ」 「あっハイ…」 こうして私と黒尾くんは奇妙な出会いを果たし、共同生活を送ることになったのだ。 [しおり/もどる] |