Drink it Down. | ナノ






年が、明ける。

週5、6で働いていた仕事を来客だけで出勤するようになってからもう1ヶ月が経とうとしてる。
最近は年末なのもあって週3は来客出勤してた。けど、何年ぶりかに大晦日という世間一般では大切(?)な1日を休むことにした。



「クリスマスはお互い爆睡だったもんねー」
「前の日に名無しさんがずっとゲームしてっから…」
「黒尾くんだけでも寝ればよかったじゃん!」
「一緒にやろって言ったの名無しさんだろ?」
「じゃあ仕方なく付き合ってくれてたってわけ?」
「いや、そういうんじゃなくて…ネ?」
「ふふっ、わかってるよ。ありがとう」



年越しそばの材料を買って街中を黒尾くんと歩く。
今日で今年という1年が終わり、また数時間後には新しい年が始まる。不思議な感じ。特に何も無いのにな。

黒尾くんも私も、吐く息は白い。
ネックウォーマーに顔を埋める黒尾くんを見て私もマフラーに顔を埋めた。



「さんむい…」
「さみぃな…」
「年は明けても冬は明けないんだよね」
「一緒に明けてくんねーかな」



同じような遠い目をして同意して、目を見合わせて笑うと黒尾くんも笑った。



「あっ、ケーキ買おうよ」
「は?なんで?」
「クリスマス、食べなかったから」
「今更だな」



そう言うくせに満更でもない様子の黒尾くんを見て私はまた笑った。

帰り道にいつも通り過ぎるケーキ屋さんにふらっと立ち寄ってどれにする?ホール?小さいの買う?なんて会話して店内を見渡すと、ココア味であろう猫の形をしたクッキーを見つけた。



「見て見て、テツみたい」
「うわそっくりじゃねーか」
「買おう!一緒に並べて写メ撮りたい」
「俺も俺も」



はしゃぎながら丁寧に包装されたクッキーを手に取り、ケーキを選んでレジへ行く。

可愛い店員さんがふわりと笑ってお会計の金額を告げ、財布からお金を取り出そうとしてる時にとても視線を感じたため、顔を上げて首を傾げた。



「とても仲良しなんですね」
「私達仲良しなの?」
「よく喧嘩すっけどな」
「たしかに。でも笑っちゃう」
「それな」



そんな私たちのやりとりにまた店員さんは笑って私が出したお金を受け取り、レジからお釣りを取り出した。



「喧嘩するほど仲がいいって言いますもんね。お似合いです」
「そりゃどーも」
「でも私たち付き合ってないんです」
「えっ?不思議…」



本当に心底驚いた顔をする店員さんの隣に違う店員さんがやってきて箱に詰められたケーキと小さな袋に入れられたクッキーを黒尾くんに手渡してくれた。

頭を下げて店を後にしようとすると、レジをしてくれた店員さんがドアを開けに出てきてくれた。



「ありがとうございました。またお越しください」
「また来ます」
「お待ちしております」



そんなやり取りをしてから外に出るとひやりとした空気が体中にまとわりついてブルっと震えた。

ケーキも年越しそばの材料も全部持ってくれてる黒尾くんも震えてた。



「仲、良いんだってよ」
「みたいだねぇ。悪くもないしね」
「…付き合ってねぇもんな」
「? そうだね?」



前を向いたままボソリと呟いた黒尾くんの言葉に返事をしたけどそれ以上何も言わなかった。
私も黙って隣に並んでマンションを目指して歩き始めた。







「テツぅ〜頼むからこっち向いてくれよおおおお」



いつものやり取り、でもいつも飽きない。
無愛想な顔のまま黒尾くんから顔が見えない方向に体を向けるテツと懇願するかの如く携帯を掲げながら項垂れて悲痛な叫びをあげる黒尾くん。

いつも大笑いしちゃう。



「ぶっ…やめてよほんと…無理無理お腹痛い!」
「だぁーから!これは深刻な問題なんだって!」
「テツ、おいで」
『んなー』
「…ぶふっ」
「テツてめぇ!!」



私の声に反応して擦り寄ってくるテツに黒尾くんは捕まえようと近寄るもテツは特に気にした様子もなく私の膝の上に座った。



「黒尾くんはテツに嫌われるようなことでもしたの?」
「してねーし!するわけねーだろ」
「じゃあ本能的に好かれない体質なのかな」
「それ傷つくわぁ…」



彼に耳があったらしゅん、と垂れ下がってるに違いない。あ、デジャヴ。前もそんなこと考えたことあったな。

笑いをこらえて大丈夫だよ、と笑いかけても彼は悲しそうな顔でテツを見ていた。




「冗談だよ。きっとテツは私のこと所有物と見てるだけで擦り寄ってくるのも黒尾くんに見せつけたいだけなんだよ」
「所有物?」
「猫ってそういうとこあるみたい」



私がそう言ったのを聞いて何かを考えるかのように目線を逸らした黒尾くん。不思議に思って首を傾げてると少しして私に近寄り、そのまま自分の頬を私の手に擦り付けた。



「ッッ!? なっ…にしてんの」
「え?何って?」
「いや、だからそれ…!」



今度は私の手を掴んで自分の頬に当て、スリスリと顔を動かした。私は驚いて何も言えなくなって口をパクパク動かしてたら黒尾くんが不思議そうな顔をした。いや、なんで君がそんな顔するの。

しばらくして私の手を自分の頭に持っていくと正座して頭を突き出してきた。これ、ついちょっと前の黒尾くんが泣いてしまったあの日から時々やられる。頭を撫でてくれっていう彼の甘え。



「あ…と、はいはい」
「落ち着く」
「え?」
「名無しさんに撫でられると落ち着くんだよ」



至極幸せそうに笑う彼の笑顔に私の心臓は速くなる。やめて、やめてよそういう顔するの。そういうこと言うの。



最近、ここ1ヶ月程前から黒尾くんの様子が時々おかしくなる。じっと私を見つめたり、私の言葉に不服そうな顔をしたり、かと思えばこうして撫でろと甘えてきたりいつもより少し距離を縮めてきたり。

彼の変化に気付かないこともない。そこまで鈍感なわけがない。人をよく見る仕事をしてきたわけだから。でも、絶対に応えないし言わないでほしい。彼と私はそんな関係にはなり得ないのだから。

これ以上親密にはなってはいけないのだから。



「お蕎麦、食べる?」
「もう年越すぞー」
「急いで作らなきゃ」
「あ、初詣とか行かね?」
「お!いいねぇ!じゃあお蕎麦は明日のお昼ね」
「言うと思ったよ出たなめんどくさがり」



ニッと笑ってリビングに最近出したこたつにぬくぬくと横になってる黒尾くん。
私もつられてニッと笑って空いてるとこからこたつに入った。足がぶつかったので避けるとゆっくり捕まえられた。私はその体制の気分じゃない、なんてよくわからない理由をつけてその足から逃げる。



「あけましておめでとーだよ、テツ」
「おめでとさん」
「今年もよろしくね、黒尾くん」
「…おう」



年が明けた。
新しい1年の始まり。

春高バレーは1月の上旬に本戦が始まる。彼は、どんな気持ちでその日を迎えなければいけなくなるんだろう。



「…なぁ、名無しさん」
「ん?やっぱりお蕎麦食べる?」
「いや、そうじゃねーんだけど」



寝転んでいた体制を変えてうつ伏せになり、腕を枕にしてこちらを見上げる黒尾くん。

あ、これやばいやつだ。
そう思った時にはもう遅いんだろうなと呑気に考えながら彼の次の言葉を待った。



「俺、名無しさんとこ来れてよかったわ」
「…そう?来ちゃダメなんだけどね、本来は」
「まぁそうネ。…でも、こんだけ幸せな気持ちになれたの初めてだわ」



寝転んでるけど、目線はしっかり私の目を捉えてた。
ふっと微笑む彼の表情は柔らかくて優しくて暖かくて、どうにかなってしまいそう。

自我を保ってそれはよかった、と笑えば黒尾くんは少し黙って何かを考え出した。
気にもとめずにテレビに視線を戻したとき、ボソリと、でもハッキリと彼の特徴的な声が耳に届いた。



「好きだわ、ホント」



テレビの音声だけが部屋に響く。
私はどう反応していいかわからないまま聞こえないふりをしてテーブルに顎を乗せた。

でも黒尾くんはずっとこっちを見上げて様子を伺ってる。



「……」
「…なぁ」
「…なに」
「聞こえてんだろ?」
「…聞こえてない」



私の言葉を聞くと体を起こして座り、私のことを再びじっと見つめてくる。やめて、その熱のこもった視線。無かったことにできない。



「名無しさん」
「だから何」
「なんで怒ってんだよ」
「…怒ってない」
「怒ってるだろ」
「怒ってない!」
「怒ってんじゃねーかよ!」



つい思わず声を荒らげて黒尾くんを見ると黒尾くんも眉を釣り上げて声を荒らげた。

じっと睨み合うような形で私達はお互い視線を逸らさず、根比べをするような形になった。
口をきゅっと結んで目を見つめてると黒尾くんも同じように口を固く結んだ。



「…好きだ」
「…」
「好き」
「…」
「名無しさんのことが「わー!もうやめて、だめ!」



両手を黒尾くんに突きつけて止めると今までにないような不服そうな顔をされた。わりと人相悪い。

怯むことなく睨み返すと黒尾くんはため息をついてテーブルに伏せた。



「…振られたってことかよ」



そうじゃない。
そうじゃ、ないよ。

君は高校生で、音駒っていう高校のバレー部の主将で、春高バレーに向けて練習しなきゃいけなくて、違う世界から来た人で。


色んな理由がある。私が君をここで好きになってはいけない理由。



「…わーったよ」
「え?」
「だめなんだろ。わかった」



怒ってるようで悲しそうな顔。
胸が痛む。

でもそれ以上は何も言えなくて、ごめんねと小さく呟いた。



「でも俺だって簡単にハイそうですかって諦められるような軽い気持ちじゃねぇの。わかる?」



意地の悪そうな笑み。
それでも心臓が速くなるのはきっと私もどこかで覚悟しなきゃいけないなってわかってるから。



「初詣行くぞ」
「あ…うん」
「神様に祈らねぇとな」



"名無しが俺のモンになりますようにっつって。"



ケタケタと笑いながら自室へ向かい、出掛ける用意をし始めた彼の背中を見ながら熱くてたまらない頬をまた熱を持ってしまった指先で冷まそうと私は必死になった。



「…ずるい」


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