夕焼け空に誓う



茜色の空の下、シュガーはイルを探していた。

いつも側にいてくれる彼を、一時間近く見かけない。

妙な胸騒ぎに急かされ、シュガーは足を速めた。

その姿を捉えようと、必死に瞳と足を動かす。

けれど、優しいその姿は見つからない。

一秒毎に不安が積もる。

音もなく降り続ける雪のように……。

その時、視界の端にイルを見つけた。


「ダ……!」


声をかけようとしたのだが、彼の纏う空気が彼女を拒絶した。

暫く、考える。

このままにしておいた方が……良いのかもしれない。

どこかに行ってしまったわけではないのなら、不安になる必要なんてない。

そう心に言い聞かせ、シュガーはイルに背を向けた。


「ハニー?」


ピクリと動いた肩に彼は気づいただろうか。


「ダーリン、何見てたの?」


いつもの笑みといつもの声で、シュガーは返す。


「何かを見てたわけじゃない。ただ、ハニーと……シュガーと一緒にいられることが幸せだな……なんてな」


多分、お互いに気づいている。

いつもと違うその空気に。


「ホントはさ」


空気が重くなる前に、イルがそう切り出した。

手招きして、シュガーを隣へ座らせる。


「ダーリン?」

「シュガーを連れて来ても良かったのか、不安になっていたんだ」

「っ!」


思わず、息を飲んだ。

『あの時』が、昨日のことのように鮮やかに蘇った。

ゾワリと全身を駆ける奇妙な感覚は、忘れたい過去を忘れさせてはくれない。



彼女は貴族の娘。

自分は町医者つきの薬師。

嘲るように言ったイルに怒りが込み上げる。


「イルのバカ!」

「シュガー?」

「そんなの……そんなの関係ないでしょ!」

「……」

「私は、イルだから好きなのよ!」


立ち上がり、イルを見下ろす。

涙が溢れそうになった。



逃げようと言ったのは、自分だ。

もし、そう言わなかったら。

たとえ、望まぬ相手と結婚しても、それでイルの幸せを守れたなら。

……自分が我慢すれば、イルの手を血に染めず、生命を守る手のままであったはずなのに。

グルグルと黒い毒蛇が、体内を動き回った。

イルの毒で殺されるなら、本望だと思えた。


「シュガー」


優しく触れるイルの手。

それは、固まり始めた黒い霧を溶かしてくれた。


「イル?」


イルはシュガーの手を引き、抱きしめる。


「オレから出した話だけどさ、あの時のことを考えるのはやめよう?」

「うん」


イルの胸に顔を埋め、シュガーは小さく頷いた。

この温もりを……ずっと欲していた。

それが、今はここにある。


「あの日選ばなかった明日は、もう来ないんだから」

「……うん」


二人は選んだのだ。

共に歩む道を。

その道を後悔したりしない。

そう誓った。





夕焼け空に誓う



E N D



2009/08/09
加筆修正 2010/12/31


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