愚かな道化の恋愛活劇
時刻は約束の時間ちょうど。
小走りに駆け寄ってきたエイダは、ヴィンセントの前で深く息を吐き出した。
「お待たせしてすみません。ヴィンセント様」
「いいえ。全然待っていませんよ。こうしてエイダ様を迎えることが出来て嬉しいんです。なので、あまり気にしないでください」
「ありがとうございます」
頬を染め、見慣れた笑みを浮かべるエイダ。
彼女の視線を受け、ヴィンセントも同じように微笑んで見せた。
心の中を渦巻く漆黒色の靄に似たソレを微塵も出さずに。
「あ、あの、ヴィンセント様」
「何ですか?」
「あの、ですね……」
窺うように視線を向けてくるが、言葉は続かない。
彼女を急かすことなく、そっと腰に手を添えた。
ゆっくり話してくださいと態度で示す。
綺麗に色づく頬へ視線を注げば、更に色を濃くした。
「あ、あの、ヴィンセント様。そんな風に見られると照れてしまいます」
「すみません。あまりに愛らしかったものですから」
エイダは思い切りうつむいた。
彼女の瞳が自分を向いていない今、ヴィンセントは先ほどの微笑みからは想像できない表情に変えた。
彼女には気づかれないように、そんな空気は出さないで。
「顔を上げてください」
柔らかい声音に、わずかな謝罪の色も含ませて。
エイダの頭が軽く左右に揺れる。
それは拒絶ではなく、どうしようかと迷っているものだった。
少しずつわかり始める彼女に、ヴィンセントは口角を上げた。
シナリオ通りに進んでいる。
それは酷く滑稽で、安っぽい人形劇のように見えた。
「エイダ様」
「あの、ですね……アイス食べませんか?」
恥ずかしそうに小さな声で。
思わず聞き流してしまいそうな小さな声だった。
「構いませんよ」
「いいんですか!?」
「そんな風に驚かれなくても」
「あ、で、でも……」
「今日は暑いですから。食べたいと思っていたところなんです」
ほっとしたように胸を撫で下ろす彼女。
そんなエイダの背中を軽く押して、目的地へエスコートする。
「どれにしますか」
こんなにも種類があるものかと驚くくらい、いくつも名前が並んであった。
ここ最近の暑さのためか、この辺りには氷菓子を扱う店が多い。
「ヴィンセント様はどれにしますか?」
「そうですね……。一番人気のものを」
「はい」
店員は手際よく作り上げていく。
エイダもすぐに決まったらしく、同じように手に持った。
「向こうで食べましょうか」
「はい」
嬉しそうに笑う少女。
綺麗なものだけで作り上げられたような、少女。
思わずその手に力を入れすぎてしまうところだった。
隣同士、木陰のベンチに座り、他愛ない話を繰り返す。
時々話題を振りながら、ヴィンセントは聞き手に回っていた。
日が傾き始める。
随分話し込んでしまったようだ。
「もう帰らないと……」
時計の針に驚き、エイダは立ち上がる。
そんな彼女の手を掴む。
まだ帰さないと、しっかりと。
「ヴィンセント様?」
「エイダ様、今日はもう少し話をしませんか?」
「……はい」
彼女の手の甲へ甘い偽りの口づけを。
愚かな道化の恋愛活劇
title thanks『啼けない小鳥のアリエッタ』
2010/09/12