恋心廃棄命令
歩く度にカツカツと音を立てるブーツが今は耳障りだった。
街灯に照らされた道を歩く。
靴音が反響され、永遠に繰り返されるように思えた。
ウルサイ。
ウルサイ。
ウルサイ。
心の中で叫び続ける。
それでも、足は止めない。
進まなければならなかった。
「あれ? エコちゃん?」
震えた空気に足が止まる。
最後の靴音が消えるまで、エコーは呼吸を忘れていた。
歩み寄ってくる足音、それは不快なものではない。
「やっぱり、エコちゃんだ。一人で何してるの?」
紙袋を抱いてニコリと笑う、オズ=ベザリウス。
「何もしていません。オズ様こそ何をされているのですか?」
紙袋を見つめれば、オズは笑った。
「買い物。朝食の買い出しだよ」
「ギルバート様はご一緒ではないのですか?」
「ギルはアリスと留守番。ついていくってうるさかったから、殴った」
「……」
エコーの口からもれたため息に、オズは軽く笑った。
いつもと変わらない表情で。
「こんな時間に出歩かれるのは、危険です」
「それはこっちの台詞だよ。女の子が夜道を一人で歩くなんて、事件に巻き込んでくれって言ってるようなものだよ」
この辺りの治安は、決して良くない。
表に出ないまま闇に葬られる事件も頻繁に起こっている。
……らしい。
そんな道をお互い一人で歩いていた。
エコーはヴィンセントに頼まれて、とある人物に会ってきた。
あまり好ましい人間ではなかったから、あんな風に気分が滅入っていたのだろうか。
今は凍りついていた部分が溶けたようにあたたかい。
「あの」
「ん? 何?」
「もう帰りますよね」
「うん。買い物も終わったしね」
「それなら、エコーが送ります」
きっちり5秒の沈黙。
そのあとで、オズは大きな声を出した。
夜の闇に響き渡るような、近所迷惑な大声。
「何言ってるの。普通、逆でしょ!」
「逆……? エコーは何も間違ったことを言っていません」
頭を右に倒してそう言えば、オズは大げさにため息をついて見せた。
それはバカにされているようで、少しだけムッとする。
「オレがエコちゃんを送るよ」
「お断りします」
「もし君に何かあったら……」
「オズ様に何かあった方が大変です」
方向転換をして、さっさと歩き始める。
渋々、オズはエコーに続いた。
歩きながらエコーは疑問に思う。
胸にある理解不能な、言葉で説明できない何か。
オズといる時に顔を見せる何か。
それは多分必要ないものだと判断する。
消してしまわなければならないもの。
「オズ様」
「ん?」
「お願いがあります」
「何でも言ってよ」
「どうか――」
どうか、この胸に生まれ、育ち始めたキモチを壊してください。
恋心廃棄命令
title thanks『カカリア』
2011/02/11