こんなにつらい思いをするくらいならいっそ壊れてしまえばいいのにと、願った




お気に入りのティーカップで、大好きなお茶を楽しむ時間。

それなのに、シャロンの顔は暗い。

時折こぼれ落ちるため息は、鉛よりも重い。


「お嬢様、体の具合でも悪いのデスカ?」


たった今この部屋に入ってきたブレイクは、軽いノリでそう尋ねる。

それを頭を振ることで否定した。


「珍しくドアから入ってきたんですね」

「嫌デスネ〜。私だって、たまには扉が恋しくなるんですよ」

「でしたら、レイムさんが来られた時は、ドアからどうぞ」

「それじゃ、つまらないじゃないデスカ」


人をからかうにしても、もう少し別の方法があるだろうにとシャロンは声に出さず呟いた。

レイムと話をしているブレイクは楽しそうなので、そこまで口は挟まない。

シャロンはため息を溶かした紅茶を一口飲んだ。

いつの間にか、随分冷えていた。


「あたたかいものを用意しましょうカ?」

「お願いします」

「ハイ」


シャロンからカップを受け取ったブレイクは、新しいお茶を用意するため部屋を出ていった。

一人きりになった部屋は、広くて冷たい。

味見程度にしか食べなかったタルトが、寂しそうに皿に乗っていた。


「……」


何かを呟こうと開いた唇が、その言葉を飲み込む。

自分は何を言おうとしたのだろう。

シャロンは胸元で左手をギュッと握りしめた。

この胸で育った感情は、何だろう。

彼が好きだというのは、随分前から気づいている。

だが、その「好き」は彼を兄と慕う感情なのか。

それとも、小説で見かける恋愛感情なのか。

どちらとも決められない、決まっているのかもしれないがわからない感情。

育ち過ぎたそれは、シャロンの胸を締めつけた。

呼吸すら苦しいほどに。


「お嬢様」

「キャッ」

「随分可愛らしい悲鳴デスネェ……」


差し出されたカップを受け取り、顔を逸らす。


「悪趣味ですわよ。少し前からいらっしゃったのでしょう? その時に声をかけて……」

「私はたった今、一応ノックして入ってきましたけど?」


黙ることしかできなかった。

意識を自分の中に集中しすぎたせいだ。

シャロンはわざとらしい咳払いで気まずい空気を動かす。


「何か悩み事デスカ?」


シャロンの前に座り、ブレイクはタルトの上のサクランボを口に放り込んだ。


「何も悩んでいませんわ」

「お嬢様、説得力なさすぎデスヨ」


ケーキをパクリと食べて、ブレイクは笑った。

憎たらしいソレは、ドキドキを増加させる。

わかっていてやっているのかと疑う。

外に出たいと叫ぶ感情を必死に抑え、平静を装った。


「貴方の行動に悩んでいたのですわ。それより、あちらはどうなりました?」

「予定通りデス。間もなく我々の出番ですヨ」


カップを傾ける。

冷ますために息を吹きかけるのを忘れた熱いお茶。

焼いた舌がじわりと痛む。


「お嬢様……?」

「何でもありませんわ」


ポロポロとこぼれてしまった涙を隠す術だけを、今はただ知りたかった。





こんなにつらい思いをするくらいならいっそ壊れてしまえばいいのにと、願った





title thanks『啼けない小鳥のアリエッタ』



2010/10/04
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