鈍いにも程がある




クロエはカップに口をつけたまま、目の前の男を盗み見た。

寝不足……ではないだろうが、欠伸の回数が多い。

向かい合わせに座って、確か16回目だ。


「何を見てるんだ?」


まさかこのタイミングで話しかけられると思っていなかったクロエは、ビクリと体を震わせた。

カップの中身が跳ねて、口の周りへ飛び散る。

タオルを取り出し、口元を押さえた。


「いきなり何の話だ」

「いや、クロエがずっとこっちを見てたから、何かあるのかな……と」


気づかれていた。

視線が交わることはなかったが、よく考えればわかることだ。

『セネルを見る』ということに集中しすぎたらしい。


「特に何もないのだが……」

「うん」


クロエは『そうか』で話を流してくれると思っていた。

こんな反応をされたら、答えなければならない。

理由を口にしなければならない。


「昨日は遅かったのか?」

「あ……ああ……。いや、そんなことはなかったけどさ」

「何かあったのか? 私にできることなら、何でも協力する」


身を乗り出すクロエに、セネルはどう答えるべきか悩んだ。

そして、少し前の自分の発言を悔やんだ。

軽く流しておけば、こんなことにならなかったと。


「クーリッジ……。私では頼りないか?」

「そんなことない。クロエは一番頼りになる。そうじゃなきゃ、背中を預けられないだろ?」

「……そうか」


クロエは両手でカップを持ち、そこにため息を溶かした。

セネルならそう言う。

わかっていたはずなのに、求めていた言葉はそれではなかった。

一方のセネルもクロエの反応に困惑していた。

自分は間違ったことを言ってはいないと思ったから。

それなのに、彼女は顔を曇らせた。


「……悪い」


咄嗟に出たものはそれだ。

クロエは眉間の皺を深くした。

ああ彼はわかっていないと嘆息する。


「クーリッジ!」

「は、はい」


クロエの迫力に圧される。

ついでに姿勢を正す。


「もう少し私の気持ちに気づいてくれてもいいだろう!?」

「クロエの気持ち? ……紅茶の方が良かったんだな」

「はあ!?」


どこをどう聞けば、飲み物の話題になるのか。

クロエはテーブルを叩いて立ち上がった。


「……帰る」

「え!? クロエ!?」


さっさと部屋を出ようとしたクロエをセネルは慌てて止める。


「私が好きだと言っても、気づかないのだろう!?」


大切にしたい言葉を怒鳴るように吐き出してしまった。


「好き……? なら、どうして怒ったんだ?」


ああ、やっぱり伝わらない。

クロエだって、わかっていた。

それでも悔しいから、ポカリと拳をセネルの頭に落とした。





鈍いにも程がある





title thanks『瞑目』



2011/02/06


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