私の不安を和らげて




甘い香りの漂うスールズ。

ポプラ特製のピーチパイの香り。

優しい甘さは、ヒューマもガジュマも問わず、皆好きだった。

そんな香りから離れるように村を出る少女。

何かに追われているかのように、足早に金色の髪を靡かせながら。

村から出てしばらくすると、ようやく足を止める。

呼吸を整えて見つめる世界に、クレアは目を細めた。

今日も世界が見える。

世界の鼓動が聞こえる。

世界の吐息に触れる。

世界の……。


「クレア」

「ヴェイグ、どうしたの?」


跳ね上がった心臓の位置を押さえ、クレアはヴェイグへと体を向ける。

そこに立っていた彼は、何故かいつもより難しい顔をしていた。

不機嫌、と言う方が正しいかもしれない。


「……ヴェイグ?」

「クレア、危ないだろ」

「……」


叱るような言い聞かせるような口調。

クレアは戦う術を持たない。

今まで彼女は、戦うための力を願ったことはなかった。

それは、今までのこと。

今は、本当に少しだけど戦う力を欲していた。

身近な人を守るために。

誰かを傷つけないために。

そして、ヴェイグの隣に立つための方法として。


「……クレア」


黙ってしまった彼女を心配して名前を呼ぶ。

ほんの少し落ち込んだ気持ちを悟られないよう、クレアは微笑んだ。

それは、ヴェイグを安心させるクレアのいつもの笑顔。

いつもと同じなのに、ヴェイグは何か違うものを感じ取りクレアに歩み寄った。

そして、彼女の頬に触れる。

驚いたクレアは体をビクリと震えさせたが、ヴェイグの手を払い落としたりしなかった。


「クレア」

「……何?」

「何を悩んでいるんだ?」


クレアが予想していた質問だったが、彼がそれを口にするとは思っていなかった。


「……ねえ、ヴェイグ」

「ああ」

「私は、貴方の邪魔になっていないかしら」


ヴェイグは言葉を飲み込んだ。

言葉の代わりに何かを伝えようと彼は、クレアを包むように抱きしめた。


「……ヴェイグ?」


腕に力を入れることで返事をした。

それが意味するものは何だろう。


「ねえ」

「……」

「私、ね……」


今は、ただ話を聞いてほしい。

それをわかっているのか、ヴェイグは返事も相づちも何もしなかった。

一つ一つ、胸に溜まっていた思いを吐き出す。

支離滅裂な言葉をヴェイグは黙って聞いてくれた。


「大丈夫だ」

「……」

「な、クレア」


大丈夫だと言ってくれる。

名前を呼んでくれる。

その度に鉛のような思いは、消えていった。





私の不安を和らげて





title thanks『瞑目』



2011/02/04


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