貴方の全てが愛おしい
珍しいこともあるものだとリアラは瞬きを繰り返した。
まるで夢のようだったから、もう一度瞬きをしてみる。
変わらない光景は、これが現実だと示していた。
彼女の視線の先には、カイル。
心地よい昼下がり。
いつものカイルなら、爆睡でもしていそうなのに……。
それなのに、今日のカイルは本を読んでいる。
薄っぺらなものではなく、絵本でもなく、分厚いしっかりとした本。
どんな内容なのか、カバーからはわからない。
暫く悩んでから、リアラはカイルに近づいた。
「カイル、何読んでるの?」
「あ、リアラ。これ、さっきもらったんだけどさ」
キラキラと輝く瞳で、本を差し出す。
その表紙には『英雄の物語』と書かれていた。
輝く瞳を見た時に気がつくべきだった。
英雄に抱く憧れの色だったということに。
「……面白そうね」
「そうなんだよ。すっごく面白いから、読み終わったらリアラに貸してあげるね」
少しひきつった顔でリアラは頷いた。
嬉しい、が一番近い感情だった。
カイルが本で体験した気持ちを同じように味わえるのだから。
次に感じたのは、嫉妬にも似た感情。
本にヤキモチだなんて馬鹿馬鹿しいが、カイルを拘束し夢中にさせるソレに自分が劣っているような気分になる。
厄介な感情だとリアラは嘆息した。
「ねえ、カイル」
「何?」
すぐさま本の世界に戻りたいと顔に書いている彼を呼ぶ。
こうすることで繋ぎ止められる。
「……ちょっと出かけない?」
多分断られるとわかっていながら、誘いの文句を投げかける。
リアラを見上げたカイルはにっこり笑った。
「いいよ」
「えっ?」
「どうしたの? オレと一緒に出かけたいんじゃなかったの?」
その通りなのだが、まさかこんなにあっさり受け入れられるとは思わなかった。
「本はいいの? 読んでる途中だったわよね?」
「本はいつでも読めるからね。せっかくリアラが誘ってくれたんだし、優先順位は決まってるよ」
本当にズルい笑顔だとリアラは思った。
何だか泣いてしまいそうになる。
「……リアラ?」
不思議そうな眼差しを受け、言葉にできる自信がなかったから、カイルの首に腕を回す。
「ちょっ、リアラ!?」
耳元で聞こえる焦った声。
素直なリアクションが嬉しい。
こんな風にカイルのすべてを独り占めできたらいいのに、なんて考える。
「どうしたの、リアラ」
「ん? ちょっとね」
いつもの距離でリアラは意味深に笑った。
貴方の全てが愛おしい
title thanks『瞑目』
2010/12/07