待ち望まれた筈のメシアは裏切った




※微捏造?





湖の水面を風が走る。

風の足跡が一瞬、形になった。

服の裾をギュッと力を入れて握り、素足を湖へ垂らした。

ひんやりとした水に受け入れられ、ほっと息をついた。

こんなにも不安に思っていたのだと改めて思い知らされた。


「シャーリィ」

「……お兄ちゃん」


頭にタオルをかぶせられ、視界が狭まった。

その上から頭を撫でられる。

濡れた髪を乾かすように。


「何かね……」

「ん?」


限られた視界には、自分と揺れる湖。


「わたしは……」

「うん」


優しい相槌が苦しい。

無性に泣きたくなって、シャーリィは頭を振った。


「ごめん。何でもない」

「遠慮しなくていいんだぞ?」

「遠慮じゃないよ。けど、お兄ちゃんにはまだ内緒」


顔が見えなくても、セネルの表情が想像できた。

きっと拗ねたような複雑な顔をしているはずだ。

シャーリィは頭に乗っているタオルを取る。


「わたし、側にお兄ちゃんがいてくれることが一番幸せだよ」


振り向き、セネルを真っ直ぐに見つめて吐き出した言葉。

それは自分に言い聞かせるような言葉だった。

確かに偽りのないシャーリィの本心。

けれど、それが彼女の望むすべてではなかった。


「……俺は、シャーリィが幸せでいてくれることが何より嬉しいよ」


シャーリィの気持ちを読んだかのような返事。

そして、優しい微笑み。

甘えさせてくれるセネルが、彼女は本当に好きだった。

いつもはあんなに鈍感なのに、こういう時、一番欲しいものをくれる。

それが嬉しくて、すごく悔しかった。


「お兄ちゃんはズルいよ」

「え?」

「ズルい」


少し唇を尖らせ、セネルに抗議する。

けれど、その瞳は優しくて……。

兄に甘える妹の、大好きな人への想いを秘める少女の、今は言葉にしない気持ちを視線に乗せた。

気づいてくれなくていい。


「シャーリィ」


名前を呼んで、真っ直ぐに目を向けられた。

それは、心配するような『兄』の瞳だった。

それで満足できるわけではないが、不満なわけでもない。

シャーリィは、射るような彼の強い目から逃れる。

責めるようなものではなく、受け入れる瞳。

それでも、逃れたくなった。





同胞を救うということは、大好きな人と大好きな世界を捨てるということ。


大好きな人を選ぶということは、同胞が傷つき殺された過去を、そしてこれから先も繰り返される行為に目を瞑り見捨てるということ。


両方とも選びたいのに、選べない。


心は兄を選びながらも、迷っている。


そんなメルネスが行き着く先は……。





待ち望まれた筈の
メシアは裏切った





title thanks『つぶやくリッタのくちびるを、』



2010/09/12
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