こっち振り向かないかなあ




紙を走るペンの音が、規則的な旋律を奏でる。

間に入る重なる紙の音は、静寂にアクセントを加えていた。

パスカルは無意識にストローの端を噛んでいた。

ガジガジと噛みつけば、くっきり歯形がついていた。

ボロボロのストローが寂しげで、誤魔化すように中身を飲み干した。

どれほど時間が過ぎただろう。

仕事中のヒューバートを眺めるのも飽きてきた。

ここまで大人しくしている自分は珍しい。

何をするでもなく、ただ彼を眺めているだけ。

それなのに、これほどの時間退屈することなくいられた。


「弟くん」


邪魔しちゃ悪いなー……と悩んだのは1分弱。

呼びかけるにしては小さな声で呼んだ。


「何ですか」

「まだ終わらないのー?」

「せっかく来ていただいたのに、すみません。時間がないものばかりなので、もう少し待っていてください」

「うー……。わかった。がんばってねー」


今日交わした会話は、すべてこのようなもの。

退屈だと叫びたい。

バタバタと動かしたくなる足を何とか押さえた。

飲み干したグラスを伝う雫が机を濡らす。

まるで、涙のようだと思った。


「弟くんの邪魔しちゃ悪いし、あたし散歩してくるよ」

「……え?」

「仕事が終わった頃に来るから、じゃね〜」

「パスカルさん!?」


返事なんか要らないと、パスカルはヒューバートが何かを口にする前に部屋を飛び出した。

逃げ出した。

走ったのは、わずかな距離。

すぐに、立ち止まるくらいの速度まで落とした。


「さすが、弟くんだよね」


大きな独り言だった。

何だか自慢したくなる。

誰に、とか。

何を、とか。

そんなことわからない。

ただ、自慢したいのだ。

素晴らしい友人を。


「友達、うん。大事な友達だもん。自慢したくなるって」

「こんなところで独り言ですか。恥ずかしい人ですね」

「およ? どったの、弟くん」

「そろそろ休憩しようかと思いまして。少し喉が渇いたので、パスカルさんを誘いに……」


彼が最後まで言う前に、パスカルはヒューバートの手を握った。

ギュッと強く。


「じゃ、一緒に休憩だね!」


『一緒に』を少し強調する。

そして、ニコリと本当に嬉しくて、笑った。

せっかく会いに来たのだから、仕事中のヒューバートを眺めるより話がしたい。



用意されたバナナタルトをパクリと一口。

大好きな味が口いっぱいに広がって、頬が緩むのがわかった。


「本当に幸せそうに食べますね」

「だって、おいしいんだもん。それに、弟くんと一緒だからね」

「そ、そうですか……」


わざとらしく眼鏡に手をやり、視線を逸らす。

音にはせず、心の中で可愛いなと思った。


「今、失礼なことを考えませんでしたか?」

「失礼なこと? 弟くんの分のタルトも欲しいな〜ってこと? よくわかったね」

「……はぁ」


力なく吐き出されたため息と共に、ヒューバートは自らの皿を彼女の前に移動する。


「くれるの?」

「ええ。今は食べたくないので」

「さっきまで頭使ってたでしょ? 甘いもの食べたくないの?」

「ぼくが食べるより、パスカルさんに食べてもらいたいので」

「ん〜……。じゃ、もらう」


自分の分を綺麗に食べ終え、2つ目にフォークを入れる。

パクリと一口運んだまま、ピタリと動きを止める。

フォークがだらしなく動いた。

休憩と言いながら数枚の書類に目を通していたヒューバートが、呆れたと息を吐く。

が、何を言っても無駄だと思ったのか、立ち上がり先ほどまでいた場所に戻った。

口には出さないけれど、寂しい。

くわえていたフォークを皿に乗せ、パスカルは仕事中のヒューバートをじっと見つめた。





こっち振り向かないかなあ





title thanks『つぶやくリッタのくちびるを、』



2010/09/13
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -