文句なんて言わせない




ぼくはただ、その温もりが怖かった。

触れれば触れるほど。

満たされれば満たされるほど。

求めれば求めるほど。

その温もりが離れていくような気がしたから。

嘲笑うように遠ざかっていくような気がしたから。

欲しがってはならない。

その温もりを汚してはならない。

失ってはならないんだ。

太陽のような彼女を。






***


「……くん、弟くんってば!!」


肩を激しく揺すられている。

うっすらと覚醒し始めた瞳が捉えたのは、パスカル。

目が合うと、彼女はほっと安堵の表情を浮かべた。

瞬きを繰り返し、重い体を目覚めさせようとする。

ぼんやりした視界は、眼鏡のない世界だったから。

枕元にある馴染みのソレをかければ、パスカルの顔がはっきり見えた。

彼女の頬に涙の跡があることも。


「パスカルさん、どうしたんですか?」


自由のきかない、自分のものではないような体を、何とか起こして尋ねる。


「それはこっちの台詞だよ!」


何を思ったのかパスカルは、クッションをヒューバートに投げつけた。

かけたばかりの眼鏡がずれる。


「……パスカルさん?」

「何で無茶するの?」


ブツリと千切られたような記憶が、蝋燭に火を灯すようにヒューバートの頭へ戻ってきた。

咄嗟の判断にしては上手くいったと思う。

無防備な彼女の背中を守り、自分の命を落とすこともなかったのだから。

重症に近い傷を負ったのは、まだまだ未熟だからか。


「無茶ではありません」

「無茶だよ」

「……はいはい」

「何でそんなに適当なの!!」


珍しく怒っているなと、目の前のパスカルを冷静に見つめる。

体中が痛くて、面倒なやりとりはしたくなかった。


「弟くんはさ、知らないでしょ」

「……何を、ですか」


パスカルにベッドへと無理矢理押しつけられた。

そんなに強い力ではないはずなのに、彼女を振り払えない。

眼鏡も奪われ、ヒューバートは大人しく寝るしかなかった。


「弟くんが倒れた時……」

「え?」

「アスベルが真っ青な顔して、ソフィの動きが止まって、シェリアが冷静に応急処置できなくて、教官が戦況を見誤った」

「……」

「弟くんが助けてくれたはずなのに、あたしもみんなも戦いに負けそうだった」


涙声に変わっていくパスカルに、何と声をかければいいのだろう。

ヒューバートはぼんやりと霞む天井を見上げた。

答えなんて見つからないけど、パスカルの頭に手を乗せる。


「……すみません。次はもっと上手くやります」

「違うよ。次は、あたしが弟くんのことを守る」

「……え?」

「もう決めたんだから。絶対だからね」

「あの、パスカ……」

「ちょっとシェリアのところへ行ってくる」


逃げ出すように部屋を出て行った。

彼女の言葉がズキズキと痛む体に入り込み、まるで薬のように優しく広がった。





文句なんて言わせない





title thanks『空想アリア』



2011/06/14


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