彼は全てを嘲笑う




そこはまるで夢のように頼りない空間。

確かに、半分くらいは夢なのだが。

自分の体重がなくなったかのように錯覚する空間。

ラムダとソフィは5メートルほど距離を開けて立っていた。

立っていたというより浮かんでいた、が正解だ。


「……ラムダ」


ソフィの声が響く。

反響した音が止んでも、彼は返事をしなかった。

もしかすると、何か怒らせるようなことをしたのではないかとソフィは記憶をたどる。

グルグル回る最近の景色の中にそれらしいものは見つけられない。

そもそも、ソフィはまだよく知らない。

ラムダが何を好み、何を嫌うのか。

いつ笑い、いつ怒り、いつ泣くのか。

何を楽しいと思い、何をつまらないと思うのか。

どんな風に物事を感じて、考えるのか。

まともな言葉を交わすことなどなかったのだから、当然なのかもしれない。

先に攻撃をしかけたのは、ソフィだった。

その過去が彼女の胸をチクリと刺した。


『プロトス1』

「……何?」


感情を読み取れない声で、ラムダはソフィの『名前』を呼んだ。

返事をしたのに、次の言葉がない。

当然ソフィの中に疑問が浮かんだ。


「ラムダ、どうしたの?」

『……』


相変わらず言葉は返ってこない。

何か呟いたようだったが、小さすぎて聞き取れなかった。


「ラムダ?」


ソフィは不安になり、何度も名前を呼ぶ。

返事のない名前は溶けるようにこの空間で消えていった。


『プロトス1、我は考えていた』


ソフィが名前を呼ぶことを諦めた時から始まっていた長い沈黙。

それを不意に壊す。

シャボン玉に伸ばす指のように、ラムダはその沈黙を壊した。


「考えるって何を?」

『我らのことだ』

「わたしとラムダのこと?」


それは過去なのか。

現在なのか。

それとも、未来なのか。

ソフィに考える時間を与えるように、わずかな沈黙を挟んだ。


『必要なかったのだな。『人間』の真似事のような関係性は』

「そんなことない。わたしはラムダと友達で……」

『必要ない』


ピシャリとソフィの言葉を否定した。

簡単には友達になれないとは、思っていた。

それでも、ソフィはラムダを友達だと思っている。

難しいかもしれないが、少しずつ歩み寄れたら良いなと。

淡い期待を切り捨てるような言葉だった。


『我は……友達などという関係は要らぬ』

「それなら、どういう……」


強い風が吹いた。

ラムダがソフィを拒絶するように。

その中で聞こえてきた笑い声は、どこか寂しい音色を含んでいた。





彼は全てを嘲笑う





title thanks『カカリア』



2011/02/25


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -