未来より遠く



何となく。

特に意味もなくパスカルはふらふらと歩いていた。

町に到着したのが1時間くらい前。

2部屋宿をとり、夕飯までは自由行動になった。

夕飯までは、まだ随分時間がある。

町を一周しても余るだろう。

少しぶらぶらして部屋で本でも読もうかと思っていたら、珍しい場所でヒューバートを見かけた。

甘そうなお菓子が並ぶ店の前。

中に入ることなく、睨むような瞳で店内を見ていた。

何か気になることがあるのだろうか。

たとえば、アスベルが誰かとデートしている最中だとか。



(……面白そう)



ニヤリと笑ったパスカルは楽しい暇つぶしを見つけたと足取り軽く近寄った。


「弟くん、何してるの?」


背後から声をかけると(背後からしか声をかけられないが)、ヒューバートはビクリッと大げさに体を震わせた。


「な、パスカルさん!?」

「ナイスリアクション。で、何してたの?」


誤魔化すための咳払い。

それを1つして、彼は冷静を装った。


「別に何もしていませんよ。特にすることもなかったので、暇つぶしです」

「暇つぶし?」

「そうです」

「どんな暇つぶしなの?」

「どんなって……意味なんてないです。適当に店を見て回っているだけですよ」

「ふ〜ん……」


それ以上追及することをやめたが、もちろんフリだけ。

いつもと少し違うヒューバートが気になる。

いや、何故だかヒューバートの後ろ、この店の中が気になる。

間違いなく何かを隠している。

その『何か』を知りたい好奇心が溢れる。

パスカルはヒューバートの手をギュッと握った。


「ちょっ、パスカルさん!?」


財布はそんなに寂しくない。

常識を超える値段ではなければ大丈夫だ。

パスカルはヒューバートの手を引いて、店内へと足を進めた。

可愛らしい雰囲気を残しつつ、大人も嫌煙せずに入れる内装。

はっきり言えば、パスカル好みの店だった。

パスカルは自分が気に入れば、内装なんか気にしないとかこの際省いておく。

パスカルが子どものように瞳を輝かせた理由。

それは目の前。


「バナナフェア〜!」


ハートマークやら八分音符やらを飛ばしまくる。

バナナを使ったスイーツが、十数種類並んでいた。

バナナはストラタ直送らしい。


「弟くん……!」

「な、何ですか。別にパスカルさんを誘おうだなんて思ってませんでしたよ」


聞いていないことまで、口にした。

つまり、パスカルをどう誘おうか悩んでいるところへ声をかけてしまったらしい。


「あたし、弟くんのそーゆートコ、結構好きだよ」

「……はい?」


目を見開いたあとで、瞬きの回数が増える。

目に見えた動揺が可愛いと思ったが、今のパスカルはヒューバートよりバナナに意識を奪われていた。


「……パスカルさん」

「なーにー?」

「席に着きませんか? ここでは、他の客に迷惑です」

「うん!」


角の席に座り、注文したものが並ぶと、パスカルはまた一段と瞳を輝かせた。


「子どもみたいですね」

「弟くんが?」

「あなたが、です」


フォークをくわえたまま、ヒューバートを見つめる。

彼の前にはコーヒーだけ。

せっかくだから何か食べればいいのにと思う。


「それより、そんなに食べると夕飯がツラいですよ」

「ん? 大丈夫じゃない?」

「何を根拠に……んぐっ」

「そんな難しい顔しないでよ。甘いもの不足?」


ヒューバートの口に突っ込んだフォークから手を離し、新しいフォークでケーキを一口サイズに切る。

柔らかいスポンジケーキとバナナと生クリームのバランスが抜群だった。


「パスカルさん!」

「何? あ、一口じゃ足りなかった? でも、もうあげないからね」

「違います!」


ため息をついて、ヒューバートは黙ってしまった。



最後の一口を放り込みヒューバートを見てみると、コーヒーは一口も飲んでいない。

スイーツに夢中で気づかなかったが、もしかするとずっと見られていたのだろうか。

何となく、恥ずかしい。


「そろそろ出ますか」

「え? あ、うん……」


店の外に出ると、随分日は落ちていた。

夕飯の時間は近い。

少し苦しいなとパスカルはお腹に手を置いた。

膨らんだお腹に後悔など微塵もない。


「今日は弟くんに幸せをもらったから、明日はあたしが幸せをあげるね」


目一杯の感謝を言葉を変えて伝えると、ヒューバートは走り出してしまった。

すぐにその姿は見えなくなる。


「若いねぇ……」


年寄りのような言葉をもらし、パスカルも彼が消えた方へと歩き始めた。





未来より遠く





title thanks『カカリア』



2010/12/22


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