Smile again
「あたし、今、弟くんに笑って欲しい」
「はい?」
ベッドに倒れ込み、顔だけヒューバートに向ける。
ここは宿の一室で、パスカルがいるのは男性陣の部屋。
シェリアとソフィの話が熱を帯びてきたため、避難してきたと最初に言った。
避難場所として間違っていると、彼女が入ってきた直後にヒューバートが突っ込んだのだが、パスカルは気にしなかった。
いつものことだが。
そんなパスカルは皺一つなかったシーツに飛び込んで、足をバタバタさせていた。
少し、いやかなり気になったが、口うるさく騒がれるよりは、ずっといい。
ヒューバートは彼女が来る前と変わらず、本を読んでいた。
そんな中でのあの一言。
パスカルはそれっきり何も言わず、ヒューバートに返答を求めず、枕に顔を埋めた。
「あの、パスカルさん?」
「笑ってくれるの!?」
がばっと起き上がり、瞳をキラキラと輝かせた。
その期待の眼差しは何だ。
言おうとしていたことが、すべて飛んだ。
「いえ、何でもありません。それより、そろそろ戻ってはどうですか?」
「ぶー。弟くんの意地悪〜」
「意地悪で結構です」
パスカルがパタパタと足を動かす。
子どもっぽさが増した。
「ねえ、弟くんは、あたしと話するの嫌いだったりする?」
「突然何ですか」
「ん〜、いっつも難しい顔をしてるから、気になっただけ」
パスカルはヒューバートのすぐ前に立ち、観察するようにじっと見つめた。
「何ですか」
「あたしが、ずっとこんな顔してたら、嫌でしょ?」
眉間に深い皺を作り、パスカルはわざとらしく難しい顔をして見せた。
「そうですね。あなたは、笑っている方が、ずっと素敵だと思います」
ヒューバートの言葉に、パスカルは固まってしまった。
その仕草が面白くて、わずかに表情を緩める。
「あーっ!! 弟くん、今、笑ったよね!?」
「いえ?」
「絶対、笑ったよ。ね、もう一回笑って」
「ですから、笑っていません」
「お願いだから〜」
じゃれついてくるパスカルから逃れるため、ヒューバートはシェリアに助けを求めた。
Smile again
可愛いのに、もったいない。
E N D
2010/03/14
移動 2010/12/10