珈琲には甘いミルクを足そう




行儀よく並ぶ文字を長時間眺めていると、頭が痛くなる。

集中力も長くは持たない。

判断ミスをしてしまう前に、アスベルは席を立った。

肩と首を少し動かし、思いきり伸びをする。

張り詰めていたものを一度リセットすることができた。

ふぅ……と小さく息をもらす。

客観的にそんな自分を見れば、何だか滑稽で笑みが浮かんだ。


「……アスベル?」

「どうしたんだ、ソフィ」

「今、邪魔じゃない?」


扉から頭だけ出して、そっと窺ってくる彼女。


「邪魔じゃないよ。少し休憩しようと思っていたんだ」

「そっか。良かった」


ソフィは背中で扉を開けた。

疑問に思ったアスベルだったが、その理由はすぐにわかった。

銀色の盆に乗る白いコーヒーカップ。

彼女が入れてくれたのだろうか。

香りたつそれをこぼさないよう慎重に運ぶソフィ。

受け取ろうとしたら、睨まれた。

最後までやらせて、邪魔しないで、といったところか。

テーブルに盆を置くと、ソフィはほっと息を吐き出した。

少し緊張していたらしい。


「まだ飲んじゃダメ!」


無意識にカップに伸ばした手を叩き落とされる。

地味に痛いとアスベルは己の手を撫でた。


「ごめん」

「もうちょっと待って」


ソフィは部屋を出ていった。

今度は何だろうと待つこと数分。

チョコレートを積んだ器を持ってきた。

ここら辺であまり見かけるものではなかったから、誰かからもらったものだろう。


「パスカルにもらったの」


アスベルがじっと見つめていたせいか、言葉にせずとも届いたらしい。


「パスカルが……」

「うん。フェンデルで流行ってるんだって」


はいどうぞと差し出された器から、チョコレートをつまむ。

口溶けのよい美味しいチョコレートだった。


「美味しいな」

「うん。すっごく美味しいよね」


ニコニコと笑うソフィを見れば、彼女がこれを気に入ったというのがわかった。

確かに、美味しい。


「はい、アスベル」


ソフィはコーヒーカップを差し出す。

カップを傾け、一口含んだ。


「……」

「アスベル?」

「……」

「美味しくなかった?」

「あ、いや、そんなことはない。美味いよ」

「嘘」


はっきり言えば、ものすごく苦かった。

舌がビリビリするほど苦くて、毒でも入っているのではないかと思うほど。

さすがにそんな感想をストレートに告げる勇気がない。


「ちょっとミルクが欲しいかな」

「……そっか。アスベルは甘い方が好きだったんだよね」


ソフィはミルクの入ったポットを持ち出した。

このサイズしかなかったのだろうか、わりと大きなポット。

何となく嫌な予感がすると思った瞬間――。

勢いよくコーヒーカップへ注がれたミルク。

外へ飛び散ったコーヒーを見て、ソフィは目をぱちくりさせる。

熱くはなかったが、飛び散ったコーヒーがアスベルの服に派手なシミを作った。


「ご、ごめんね……」


消えそうな声で謝ったソフィは、ポットをテーブルに置き、アスベルの服を脱がそうとする。


「自分で着替えられるから!」

「でも……!」

「ソフィだって、着替えないと」


彼女は気づいていないようだったけれど、ソフィの服にも茶色のシミができていた。


「じゃあ、着替えてくるね」

「ああ。また後でお茶にしような」

「うん!」


静かに部屋を出ていく彼女の後ろ姿を見送る。

明日の笑い話になるな……と、思ったアスベルは平和な日常に幸せな息を溶かした。





珈琲には甘いミルクを足そう





title thanks『空想アリア』



2010/12/04



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