なり損ないの天使

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静かな部屋だ。

リチャードに送ってもらい、無事に到着したヒューバートの部屋。

主はまだ帰っておらず、部屋は心なしか冷たい。

その冷たい部屋にため息を溶かす。

頭も心も混乱していて、今は考えることを投げ出したかった。

真っ白な、それはアスベルを思い出させるソファ。

床にぺたりと座り込み、ソファを枕にする。


「眠りたい……」


それは逃げるために。

ソフィはゆっくりと瞼を閉じた。






***



「ヒューバート」

「……ああ、お邪魔してます」


リチャードの部屋にいたヒューバートは、顔を向け少し気まずそうに言った。

ヒューバートが立っているのは、鏡の前。

リチャードは見慣れているのだが、それは見せびらかすものでもないだろう。


「僕じゃなかったら、どうするんだい?」

「ここはあなたの部屋でしょう。あなた以外が来るとは思えませんが?」

「じゃあ、ソフィを連れて来ていたらどうする?」


負けたというようにヒューバートはため息をついた。

そして、己の翼を消す。

薄い水色の片翼を。


「その様子だと、会ったんだね」

「見ていたんですか?」

「ただの勘。でも、正解だったみたいだ」


ヒューバートはリチャードに話したことがあった。

自分のことや、この世界に来ることになった事件を。

それを静かに聞いていたリチャードも、対価だと言うように自らの過去を語った。

二人はとてもよく似ていた。


「その話はまた……。それよりも、多分知っているでしょうから聞きます。ソフィをどう思いますか?」

「可愛いと思うよ」

「……あなたらしいですね」

「悪かったよ。そうだね……。彼女は僕に似ている」


リチャードの答えにヒューバートは少し驚いたようだった。


「似ているんだよ。天界に似合わぬものを持って生まれたという部分が」

「悪魔の、力……」


ヒューバートの呟きに頷いた。

そんな言葉は何の効力もないとわかっている。

けれど、天使を縛るには重要すぎる力を持っていた。

ソフィも同じように苦しんだのかと思うと、二人は部屋の空気を少し重くした。


「彼女の力、わかるんですか?」

「まさか。でも……」


リチャードは己の左手へ目をやる。

人間の瞳には映らない黒い紋様が手首を食うように巻きついていた。


「彼女が僕を嫌っているのは、この力を恐れているから。もしかすると……」


ふわりとリチャードの背中に翼がはえる。


「……リチャード、良いのですか?」

「僕の翼はもう終わりだよ」


半分以上抜け落ちた漆黒の翼。

消滅の時を待つだけの、弱い翼。


「……」

「君も同じようなことを考えているだろうから、お互い様だね」


やはりリチャードには勝てない。

諦めたと、でもどこか満足そうな顔を見せた。

翼は、彼らの命を象徴するもの。

すべて散れば、その生を終える。

強制的に片翼を奪われたヒューバートも、死を予感させるほどの暴力と呪いを受けたリチャードも、そう長くは生きられない。

それならば……。


「行こうか」

「ですね」


堕天の名を持つ二人の羽がふわりと舞った。






E N D



2010/12/01



→8(準備中)


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