なり損ないの天使

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花の香りがする。

甘くて、優しい花の香り。

心地よい微睡みに溺れていたアスベルだったが、ふと過った少女の姿に飛び起きる。


「ソフィッ!」


当然のように、彼女の姿は見つからない。

辺りを探してみても、見つけることができなかった。

一体自分はどれくらい眠っていたのだろう。

不意に押し寄せる大きな不安。

握りこぶしを力いっぱい作ったアスベルはすぐさま、とある場所へ急いだ。






「シェリア!!」


真っ白な建物の真っ白な扉。

それを勢いよく開ける。

建物内にいた人物は、ビクリと体を震わせてアスベルを見た。


「もう。どうしたのよ。いつものアスベルらしくないわよ?」


建物よりも真っ白な布をテーブルに置き、シェリアは席を立つ。

彼女は新米の仕立屋だった。


「ソフィ、来てないか?」

「ソフィ? いいえ。何かあったの?」

「いや、何でも……」

「何かあったのね。私にできることなら協力するから、話してみて?」


シェリアは信用できる人物だ。

アスベルは迷うことなく頷いた。

そして、話す。

自分が知っていることを。


「……なるほど。初めてじゃない? あのコが貴方に『言霊の力』を使ったのは」

「ああ。ソフィはあの力を恐れていた。自らの意思で使うことなどなかった。それなのに……」


意識を失う前に見た、ソフィの表情。

苦しそうに顔を歪め、けれどコントロールして力を使っていた。


「ソフィにとって、俺はその程度だったんだな……」

「アスベル!」


怒ったように、けれど力の抜いた拳がアスベルの上に落ちる。


「シェリア?」

「私、貴方のそんな情けない顔は、見たくないわ」

「え……?」


シェリアはアスベルに背中を向けて、座った。

鮮やかな髪が、いつもより乱暴に揺れた。


「ソフィは……すごく良い子よ。みんなのことをよく見ている。自分のことで悩みながらも、真っ直ぐに生きているわ」

「……ああ」

「そして、誰よりもアスベルを信頼している」

「え?」


開いた目は、瞬きを忘れた。

意識してゆっくりすれば、シェリアは小さく笑った。

相変わらず、鈍いのねと。


「ありがとう、シェリア」

「やっぱり、その顔じゃないと」


室内に現れた小さな竜巻。

二人は立ち上がり、視線を注いだ。

そこから、天使が姿を見せる。


「アスベル・ラント。マリク様がお呼だ」


シェリアの家に現れたのは、大天使に仕える親衛隊。

アスベルとシェリアは、姿勢を正した。


「マリク様が?」

「中央宮の聖室にいらっしゃる。早く行くように」

「はい!」


彼は溶けるように姿を消した。

圧倒的な緊張感から解放され、ゆっくり息を吐き出す。

重なったその音に、吹き出した。


「じゃ、行ってくる」

「次は、ソフィと一緒に来てね」

「約束する」


――その約束が果たされることは、なかった。






「アスベル」

「はい」

「お前に任務だ」


目の前に立つ大天使――マリクは、淡々とした口調で言葉を紡ぐ。


「それは、どのような……」

「ソフィが“外”に出た」

「え……?」


自分の前から姿を消したと思っていた少女が、天界にいないという事実に少なからず驚いた。

彼女は一度だって、この地を離れたことがなかったから。

自らの意思か、誰かに連れ去られたのか。

最後に見たソフィを思い浮かべれば、恐らく前者だろう。

アスベルがここに呼ばれたということは、連れ戻すのが任務なのかと自分の中で一つ答えを出す。


「世界が混乱する前に見つけ出し……処分しろ」


頭に響いた衝撃。

マリクの言葉を必死に消化する。



(処分しろ? ……殺せということか?)



マリクの表情は、いつもと変わらない。

何も読み取ることが叶わない瞳。


「返事はどうした?」

「……わかりました」






E N D



2010/02/05






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