紺碧キャンバス
空を覆っていた雲は、昼前に姿を消した。
今空にあるのは、眩しすぎる太陽。
と取り残されたような雲が少し。
「ねえ、アスベル」
賑やかな昼食を終えた彼らは、各自出発の準備をしていた。
「どうしたんだ?」
「今日ね、星が見たい」
「星?」
「うん。ヒューバートが言ってたの。いっぱい星が流れるんだって」
煌めく瞳に星が見えたような気がした。
夜更かしする宣言か、一緒に見ようというお誘いか。
彼女は口を閉ざしてしまったから、判断できなかった。
「みんなで見るのか?」
「うーん、あのね、みんなとも見るけど、アスベルと一緒に見たいの。ダメ?」
「そんなわけないだろ。じゃ、約束な」
アスベルが小指を出すと、ソフィは数秒おいて同じように出した。
小さな彼女の指を絡める。
お約束の文句を歌い、二人の小指は離れた。
* * *
「……で、こうなるのか」
ため息のように吐き出された言葉。
それに返す人はいない。
いるにはいるが、夢の中だ。
アスベルの肩を枕代わりに、気持ち良さそうに眠るソフィ。
昼間、あれだけ戦闘を重ねれば当然なのかもしれない。
随分無茶なこともしていたから、体への負担が大きかったのだろう。
「ソフィ」
起こさないように気遣い、小さな声で名前を呼ぶ。
当然返事はない。
穏やかな顔をしている彼女の頭に、そっと触れる。
ソフィがいなければ、彼女と出会わなければ、自分の人生は180度違っていたとアスベルは思う。
彼女と出会ったことは、一生の宝だと思った。
傷も、後悔も、反省も、痛みもたくさんあった。
けれど、得られるものも多かった。
それは間違いなく宝と呼べるもの。
「アス、ベル……?」
「おはよう」
「……わたし、寝てた?」
寝ぼけ眼のソフィは、今どこにいるのかよくわからないようだった。
何度か瞬きを繰り返したソフィは、かなり驚いた様子で辺りを見回した。
彼女にかけてあったアスベルの上着は寂しそうに地面に落ちる。
ツインテールの攻撃をしばらく受けたあとで、アスベルは口を開いた。
「ソフィ。星を見なくていいのか?」
バッと勢いよく頭が天を仰いだ。
横顔が徐々に曇っていった。
意地悪するつもりはないから、すぐに告げる。
「まだ星が流れるまで時間があるから、そんな顔するなよ」
「……してないもん」
「ごめん」
「あのね、教官から聞いた話があるの」
アスベルの顔が不自然にひきつった。
彼女の口から飛び出す言葉に、緊張が走る。
「流れる星に一番強い願いを唱えると、叶うんだって」
「あ……そう、なんだ……」
身構えていた分、拍子抜けだった。
「アスベルの一番って、どんなお願いなの?」
「一番の願いか……」
考え始めると、順番をつけられるような願いはなかった。
星に願いを叶えてもらえるなど思っていないからか。
「ソフィの願いは何なんだ?」
「アスベルが教えてくれないのなら、言わない」
「そうくるか」
ふふっと笑ったソフィは、空を指差した。
夜空を切るように流れる星に願いをかけるなら……。
どうか、彼女が彼女として生きていけるように……。
紺碧キャンバス
(アンケートより)
2010/11/04