金平糖流星雨




硝子の小瓶が、ソフィの手のひらを転がる。

右へ行ったり、左へ行ったり。

小瓶の中身は、ピンク色の金平糖1つ。

カラカラと軽やかな音を硝子瓶の中で奏でていた。


「リチャードの嘘つき」


海を眺めてこぼれる文句は、20回を越えた。

小瓶の中の金平糖は約束の印。

この瓶には色鮮やかな金平糖がいっぱいに入っていた。

これをソフィに渡したリチャードが言ったのだ。


『ソフィ、食べるのは1日1個だけだよ。この瓶が空になる頃に、新しい金平糖を入れてあげるからね』


今瓶の中には、ピンク色の金平糖が1つ。

昨日も1つ。

一昨日も1つ。

一昨々日も1つ。

10日前も1つ。

瓶の中身は、2週間ほど変わっていなかった。

満杯だった金平糖がもうゼロになる。

それは嬉しくて何だか寂しい。

少しだけ憂鬱になる。

リチャードが忙しい身であること、自身が自由に使える時間が少ないこと、ソフィはわかっていた。

わかっているつもりだった。

それなのに……。


「リチャードの、嘘つき……」

「ソフィ」


幻聴だと思った。

気のせいだと思った。

都合の良い夢だと思った。

夕闇の風に踊る金色の髪は、見間違うはずがない。


「リチャ……ード?」

「遅くなってすまない」


微笑む彼が現実だとわかれば、ソフィは思いきり睨みつけた。

頬は空気を含み、わかりやすく『怒り』を表現する。

もしかすると、ただ拗ねただけに見えるかもしれない。


「ソフィ」


一歩ずつ近づいてくる彼に抱く感情は相反するもの。

彼女は無意識に逃げ道を探していた。

見つかるはずのないそれをいくら探しても無駄だ。

リチャードはソフィの前に立つと、彼女に触れようと手を伸ばした。

反射的にパッと彼の手を払う。

その拍子にリチャードが持っていた袋とソフィの手にあった瓶が宙を舞った。

星のように、雪の結晶のように金平糖が舞う。

色鮮やかなソレが飛ぶ様は、何故かスローモーションでソフィの瞳へ映した。

金平糖の降る先に見える彼は、悲しそうな、すまなさそうな、ソフィの胸を刺すようなそんな顔をしていた。

ズキンと小さく痛むのは、体の奥。

心の入り口。

けれど、ソフィだって寂しかったのだ。

多少の乱暴な言動は許してもらいたい。

リチャードなら、それすらも許し、包み込んでくれると知っている。

それは嬉しい。

けれど、素直に受け入れられない。

ソフィは軽く唇を噛んで、地面へ視線を落とした。

転がった瓶。

その中を転がる金平糖。

瓶が動きを止めると、無音の静寂が重苦しくのし掛かった。


「ソフィ」

「……」

「ちょっと、手伝いをしてもらえないかな」

「……手伝い?」


彼の口から出た言葉が予想外で、ソフィはそれを繰り返す。

『手伝い』の内容は、簡単なものだった。

一言で言えば、1週間ほどリチャードの側で身の回りの世話をするというもの。


「アスベルにはもう許可をもらったんだ。あとは、君の返事だけ」

「わたしの返事……?」


とっくに出ている答えを探そうとソフィは空を見上げる。

すっかり暗くなった空をいくつもの星が流れた。





金平糖流星雨





(アンケートより)



2010/10/14
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -