幸福な海での溺死




ぼんやりと海を眺める。

けれど、夜を映した黒い海の中に答えを見つけるように、しっかりと意思を宿した瞳で。


「パティ?」


窺うような遠慮がちな声音。

口元に浮かんだのは苦笑。

パティは時々思っていた。

遠慮などせずに、思いきり踏み込んでも構わないのにと。


「何じゃ? 眠れんのか?」

「さっきまで寝てたよ。目が覚めたから、ちょっと外の様子を見ようと思ったんだ」

「そうか。うちと一緒じゃな」

「パティ、嘘は駄目だよ」


パティの隣に立ったフレンは、少し厳しい目を向けた。

半分は嘘ではないのに。

そんな言い訳を笑顔で隠した。


「嘘、か」

「うん、嘘。パティは僕に嘘ばっかりだ」

「そんなことはないぞ?」


フレンは厳しかった瞳に優しさを取り戻し、それを夜の海へと向けた。

ほとんど灯りのない夜の船で見るフレンの横顔は、昼間と異なり少し不安になる。

その不安は何だろう。

パティは己の胸に問いかける。

答えは見つからない。

探す時間もなかった。

いつの間にか向けられていた瞳に心臓をギュッと掴まれたから。

甘くて、呼吸を奪う、優しい痺れが体の中心から外側へと広がった。


「のう、フレン」

「何だい?」

「うちは幸せじゃな」

「いきなりどうしたの」


いきなりではなかった。

幸せだとずっと感じていた。

アイフリードとして生きた時間も、パティとして生きている時間も。

恵まれた人生を歩んでいると、幸せに思えたのだ。

大切な仲間に囲まれて、支えられて、こうして生きているのだから。


「ホント、幸せそうな顔をしてるね」

「嘘ではないじゃろ?」

「ああ、本当だね」

「フレンはどうじゃ?」


両手を腰に当て、威張るように問いかける。

フレンは少し考え、すぐに笑った。


「僕も幸せだよ」

「良かった……。不幸じゃと言われたら、少し困るからの」

「不幸、とはあんまり思わないよ。普段幸せだと思う機会もないけれど……そうだね。日々生きていることを幸せだと思わないともったいないか」


クスリと小さな笑い声をもらすフレンをパティは見上げ、夜の海を照らす灯台のように笑ってみせた。


「……そろそろ寝ようか。風はまだ冷たいから、体調を崩すかもしれない」

「そうじゃの。すっかり冷えてしまったのじゃ」


パティは自分の両手を開いたり閉じたりする。

少しぎこちないのは、夜に冷やされたから。


「暖かくして寝ないとね」

「良い案があるぞ。フレンがうちの……」

「おやすみ、パティ」

「……逃げられた」


もう少し付き合ってくれてもいいのに、と小さな頬を膨らませた。

すぐに凹んだ顔に浮かぶのは、幸せの笑み。

今日は良い夢を見られるような気がした。





幸福な海での溺死





title thanks『カカリア』



2011/04/15


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