足元に散らばったカケラたち




ハルルを吹く風は優しくて、生み出す景色はまるで現実ではない世界のようで……。

祈るように手を組みハルルの樹を見上げていたエステルは、視界がぼやけることで涙を浮かべていることと泣きたくなっていたことを知った。

誰かに見られる前に乱暴にその雫を拭く。

じわりと浮かぶ雫は、どうやらその行為を快く思っていないらしい。

手をおろして、息を吐き出した。


「エステル」


呼ばれた声に心臓が跳ねた。

爪先と頭の天辺を二度ほど行き来したのではないかと思う。

それくらい暴れたような気がして、エステルは自分の胸を押さえた。

手のひらに伝わる鼓動は、心臓が変わらずいつもの場所で動いていることを伝える。

ほっと息をつくと同時に、驚いたせいか涙が止まっていることに気づいた。

残っていた雫を指先で拭い、振り返る。


「ユーリ、どうしたんです?」

「……」

「ユーリ?」


振り向いた先でエステルが見たのは、驚いた顔をしたユーリ。

何をそんなに驚くのかと疑問符を浮かべる。

もしかすると、泣いていたことに気づかれたのだろうか。

エステルが泣いていたとして、ユーリが驚く理由にはならない。


「ユーリ?」


もう一度、はっきりとした言葉で名前を呼んでみた。


「あ、ああ、悪い」

「どうしたんです?」

「何でも――……」

「ありますよね?」


言葉をかぶせれば、ユーリは観念したと言う深いため息をついた。


「笑うなよ」

「面白い話なんです?」

「面白いっつーか……オレが恥ずかしい」


浮かんだ疑問をそのままに瞳で尋ねれば、ユーリはぽつりと吐き出した。


「少し前に見た夢と同じだったから」

「……夢?」

「花が舞う中に立ってるエステルが泣いていたのも、その後ろ姿に声をかけたのも同じ」

「不思議な夢ですね」


不思議という言葉を使ったが、そこまで不思議がることも、ユーリが気にすることも何もない。

彼が気にするのはこの後の展開。

あまり良い話でないことは容易く想像できた。


「そのあとは……」


ギュッとユーリの体を抱きしめる。

エステルの行動に驚いたユーリは言葉を途切れさせたまま、時間を感じる。


「わたしは……」


何を言えばいいのだろう。


「わたし、は……」


自分が何故泣いていたのかその理由がわかった。

ユーリが言おうとした夢の続きもわかった。

エステルは自身が何を言いたかったのかもわかった。

流れる時間は、その一点に留まることを許してくれない。


「エステル」


心地よい声が耳をくすぐる。

何も言わなくても、通じるとわかったから強く唇を噛んだ。

力をこめることで、そっと伝える。

別れを惜しむように体温を重ねたあと、決められた動きのように躊躇うことなく自然に二人は離れた。





足元に散らばったカケラたち





title thanks『空想アリア』



2011/02/21


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