涙には、力があるのです



「泣かないのですか?」


突然背後から聞こえてきた声に、少なからず驚いた。

気配に気付けないなど、重症だなと嘲笑う。


「嬢ちゃん、いきなりそんなこと言って、どうしたの」

「あ、いえ。その……」


言葉に迷い、瞳が泳ぐ。

けれど、エステルは微笑んだ。


「何だか、苦しそうな背中だったので」

「んー……。最近、戦闘が多いでしょ。おっさん、キツくって」


年寄りは引退かねぇと笑うレイヴンに、エステルは眉をひそめただけだった。

純粋な瞳では気づかないものがある。

純粋な瞳だから気づくことがある。

彼女の瞳はまさにそんなものだった。


「レイヴン」

「んー……?」

「わたしじゃ頼りにならないかもしれません。わたしより、ユーリやジュディスの方が、きっとレイヴンの力になれると思います」


エステルは力なく視線を落とした。

彼女の桜色の髪が、サラリと流れる。

かける言葉が見つからず、レイヴンは彼女の言葉を待った。


「でも、わたしに出来ることがあるなら、何かしたいんです」

「ありがとう、エステル」


彼女の気持ちが嬉しくて、痛くて、魔導器(ココロ)が複雑な音を奏でた。

エステルを手招きして呼ぶ。

生きた分だけ重ねた罪悪感に濡れた手。

この手で触れることを、一瞬躊躇い、穢れを知らない白すぎる彼女に触れた。





涙には、力があるのです

『泣いてもいいですよ。わたし、誰にも言いませんから』

そう言うエステルの言葉に、ほんの少し涙腺が緩んだのは、内緒だ。






E N D



2009/07/20
移動 2010/12/14



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