真夜中27時の憂鬱




寝苦しい夜だった。

重くまとわりついた空気にどれくらい睡眠を邪魔されただろう。

何度目かの寝返りのあとで、ユーリは起き上がった。

喉の渇きを癒すため、食堂へ行くことにしたのだ。

キィ……と音をたてる扉に、必要以上の神経を使った。

疲れている仲間たちを起こしたくなかったのだから、仕方ない。

そっと扉を閉めて、階下へと向かう。


「ユーリ?」

「何してんだよ、こんな時間に」


ふわふわとした桃色髪の少女は、可愛らしい寝巻きを着ていた。


「喉が渇いていたので……」

「エステルもか。オレもなんだ」

「一緒に行きましょう。ね?」


嬉しそうに、安心したように、エステルはユーリの手を握った。

素手の彼女に触れる機会はあまりない。

柔らかいその手は自分より体温が高く、伝わってくる熱が心地よい。


「ユーリ?」

「ん、いや、何でもない」

「そうです?」


腑に落ちない表情をしたものの、それ以上何も聞かずに足を進めた。



食堂の電気をつけて、飲み物を探す。

宿泊客にと用意されていたアイスティーをグラスに注ぐ。

それを持って近くの席に座った。

向かい合う形ではなく、隣同士に。

一口二口グラスを傾ければ、喉は潤いを取り戻す。

体にまとわりついていた熱気からも解放された気分になった。


「エステル、今日はお疲れさま」

「え?」

「オレらの援護、ありがとな」


強敵と戦う時、彼女はいつも以上に仲間を気遣う。

おそらくは無意識だろうが、その分精神力が削られるはずだ。


「いえ、わたしは……」

「ありがとう」

「わたしは、ユーリにありがとうを言いたいです。いつもみんなを守ってくれるから」

「ただ戦闘好きなだけだぞ?」

「ふふっ。それでもです」


他愛ない雑談は自然に長くなり、気がつけば思っているより時間が経っていた。


「エステル、そろそろ……」


隣を見れば自分の腕を枕代わりに、机に突っ伏していた。


「エステル?」


どうやら彼女は眠ってしまったようだ。

無理に付き合わなくても良かったのに……とか思いつつ、エステルをどうするか悩む。

このまま放っておけない。

やはり、部屋まで送るのが一番か。

色々考えてみた。

話に夢中になって、氷が完全に溶けてしまいそうなアイスティー。

薄まったそれを飲み干すことなく、グラスの淵を無意味になぞる。

キュッと鳴ったその音に、エステルは小さな声を上げた。

目覚めるでもなく、規則正しい寝息が続いた。

その静かな寝息がやけに大きく聞こえてくる。

それに呼応するように、自分の心臓が速く打っている気がした。


「エステル」


先ほど潤したばかりの喉が渇いている。

掠れた声は、思っていた以上に情けない。


「エステル」


もう一度名前を呼んでみる。

自分がつけたあだ名をこんな気持ちで呼ぶことになるなんて思わなかった。


「……襲うぞ」


無防備にその身をさらけ出した彼女に向けて吐いた言葉は、当然届かない。

誤魔化すような悪戯心でエステルの頬をつつく。

やわらかい。

つんつんとその感覚を楽しむ。

心臓が何かを急かすように、更に速まった。


「ん……?」

「〜〜っ!! エステル!!」


彼女の声が引き金になりかねない。

慌ててエステルの肩を掴み、揺すった。

少し乱暴になるのは仕方ない。


「エステル!!」


こんな時間に大きな声を出す非常識さなど気にしていられない。

何度か名前を呼び、体を揺するとようやく上半身を起こした。

ぽけ〜っとした寝ぼけ眼がユーリをとらえた。

ふにゃりと幼い笑みを浮かべたかと思えば、そのままユーリに抱きついた。


「エ、エステ……ル?」


咄嗟に彼女の体を受け止めたものの、どうしたらいいものかと思考をフル稼働する。

本当は違う。

とにかく、エステルが今この腕の中にいることを忘れなければ。

彼女から離れなければ。


「エステル、寝るなら、部屋にしろ。オレはお前のベッドじゃ……」

「ユーリ〜」


いつもより甘ったるい声。

普段のエステルからは遠い声音。

頬を重ねるように抱きついてくる。

甘えるように、じゃれるように。

熱いのは、彼女か自分か。


「エス……」


名前を呼びかけて途中で止める。

そして、これは不可抗力だと誰かに言い訳をした。

そして、責任転嫁。


「無防備なエステルが悪い」


未だすり寄ってくる彼女を一旦引き離す。

そして、可愛らしい声でユーリの名前を呼ぶ唇に触れた。

柔らかい感触を惜しみながら、一瞬とも言える短い時間で離れた。

さすがに、半分以上眠っている彼女に手を出すわけにはいかない。


「エステル、そろそろ部屋で寝ないと……」

「……」


コテンとユーリにもたれかかり、エステルは完全に眠ってしまった。

熟睡している彼女を起こす気にはなれず、けれどこのまま朝を迎えるわけにもいかず。

幸せそうに眠るエステルに、ため息を落としてしまった。





真夜中27時の憂鬱





title thanks『つぶやくリッタのくちびるを、』



2010/09/11
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