服の裾を握る



「嫌です! 今はユーリに会いたくないです!」


鍵のかからない扉をエステルは必死に押さえた。


「どうしたんだよ」

「いいから、帰ってください!」


説明もなくそう言った所で、効果がないことなど分かっている。

それでも、今は会いたくなかった。


「エステル」


どうしてこんな時に優しく名前を呼ぶのだろう。

その声に弱いと知っているからか。


「ズルいです……」

「何が?」


扉越しに聞こえてくるユーリの声。

いつもの声。


「……」


エステルは暫く考えた。

いや、考える前から答えは決まっていた。

そっとドアを開ける。


「どうした、エステル」


ユーリはそっとエステルの頬に触れた。

涙の跡が残る頬に。


「ユーリは……ズルいです」

「ん?」

「みんなに優しすぎます」


面倒見の良いユーリは男女問わず、困っている人間に手を貸す。

仲間たちとも楽しそうに話をする。

それは、すごく良いこと。

それなのに、それを許せない自分がここにいる。


「エステルさん、それはヤキモチですか?」

「ち、違います! わたしとも、もう少し話をしてほしいだけです!」

「はいはい」


ぽんぽんと頭を跳ねるユーリの手。

何故だかわからないけれど、じんわりとまた涙が浮かんだ。


「エステルは、オレとどんな話がしたいんだ?」

「色々、です」

「色々?」

「どんなことでもいいので、たくさん話がしたいんです」


ユーリは室内の椅子に座り、エステルを見上げた。

悪戯を思いついた子どものような笑み。


「ほら、エステル」

「う……」

「何でも聞いてやるから、話してみろ」


手を差し出されたエステルは、何だか悔しくなって、それを無視して抱きついた。

自分でも驚くような行動だった。


「エステル!?」


驚いたユーリの声が、胸に広がった。

それは、寂しがりの心を満たしてくれる。


「何だよ。話とか言いながら、オレにくっつきたかったワケ?」

「違います!」

「そうか?」


勝ったと思ったのは一瞬で、彼を楽しませる材料を与えてしまっただけかもしれない。

自分の行動を少しだけ反省して、椅子に座った。


「エステル」

「……何です?」

「そんなに拗ねるなよ」

「拗ねてません」


暫く続く沈黙。

ユーリは何が面白いのか、笑みを浮かべたままずっとエステルを見ている。

そんな風に見られていると、恥ずかしい。

先ほどまで泣いていた、自分の顔に不安が残る。

変な顔ではないだろうか。


「こんなエステル見てるのも楽しいけど、オレはそろそろ行く」

「え……」

「じゃあな」


ヒラヒラと手を振って、部屋を出て行こうとする。


「ユーリ」


咄嗟に彼の服を掴んでしまった。


「ん?」

「あの、ですね。もう少し一緒にいてくれませんか?」

「お姫様の仰せのままに」





服の裾を握る





E N D



2009/09/22
移動 2010/12/13



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