君が好きすぎて呼吸を忘れた



湖に足を浸す。

ひんやりとした心地よい水に、包まれる。

爪先で水を弾きながら、エステルはため息をついた。

涼しげな水音も、今は彼女を癒してくれない。

ギュッと誰かに心臓を掴まれているような、不思議な感覚。

そう、息が出来ない。

呼吸の仕方を忘れてしまったかのように、上手く体内に取り込めない。

普段、呼吸をどうしているか、考えれば考えるほど混乱していった。


「エステル、どうしたんだ?」

「ユユユユーリ!?」


いきなり名前を呼ばれて、いや普段ならば近づく気配を感じていただろう。

思考の海に浸り過ぎていたようだ。


「何そんなに驚いて……っ!」


右腕をしっかり掴まれたおかげで、湖への落下は防がれた。

心臓がバクバクとうるさく身体中に響く。


「大丈夫か?」

「はい。心臓痛いです……」

「オレの方が痛い」


フーッと勢いよく息を吐き出すユーリ。

時折、不安になる。

ユーリが心配してくれるのは、皇女だからか、仲間だからか。

それとも……。


「エステル? もしかして、腕痛かったか?」

「あ、いえ、違うんです」

「?」


言いたいことがあるなら、遠慮せずに言えと空気が語る。

笑わずに聞いてくれるだろうか。

見守る瞳に促され、エステルは口を開いた。


「あの……上手く、息ができないんです」

「……は?」

「……」

「あ、いや……。そんなことを言われるとは、思わなくてさ」


確かにそうかもしれない。

ユーリの反応は当然のものだ。

エステルは、膨らませた頬をへこませた。


「いきなりどうしたんだ? 何か悩みごとか?」


ユーリが隣にいるだけで、ドキドキと心臓がうるさく鳴る。

この音が聞こえているのではないかと思うほど、大きい。


「エステル?」

「あ、あの……」


何と言えば、良いのだろう。

今の気持ちすべてを吐き出せば、彼は答えに導いてくれるだろうか。


「ユーリが、側にいると、すっごく苦しいんです」

「……」

「でも、嫌だとかじゃなくて……。えと、嬉しいんですけど、一緒にいると苦しいんです」


なかなか上手く伝えられない。

けれど、一言一言、その時の気持ちを思い出しながら、必死に紡ぐ。

こんなに拙い言葉だが、ユーリは分かってくれただろうか。


「何故だか分かります?」

「……さあな」

「その顔は知ってる顔です! 知っているなら、教えてください!」


ユーリは数回視線を動かし、躊躇する様を見せた。

けれど、エステルの強い意志に負けたのだろう。

小さなため息の後で、断りなく彼女を抱きした。


「!?」

「どうだ?」

「どどどうって……。いきなり、何するんですか!」


ピタリと固まってしまった体。

顔が熱くて、頭がクラクラする。

心臓も思い切り痛い。

何故だか、泣きたくなる。


「多分、“好き”ってことじゃねぇの?」


ユーリの言葉が、風のように通り過ぎて、自分が息を止めていたことに気づいた。





君が好きすぎて呼吸を忘れた





E N D



2009/09/03
移動 2010/12/13



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