君だけ有効回復呪文



怪我をすることは、仕方ないと思う。

みんなを守るために、前線に立っているのだから。

だけど……。


「ちょっと、無茶しすぎじゃありません?」

「そうか?」

「そうです」


どれもがかすり傷程度のものだが、軽視するわけにはいかない。

魔物には、体内に毒を持つものもいるのだから。


「はいはい、次は気をつけるよ」


今のエステルには、彼を治す力が残ってない。

そんな自分を歯痒く思う。

そして、たまに仲間を頼らずに一人で無茶をするユーリが嫌いだ。


「約束……ですからね」

「分かったよ」


そうは言ったものの……。

血が滲むユーリの腕を見ると、何とかしてあげたくなる。

効果があるとかないとか、そんなものを全部抜きにして。

エステルは、ユーリの腕を持った。


「エステル?」

「ちちんぷい! 痛いの痛いの飛んで行け!」


本で読んだ呪文。

治癒術とは全く違う、心を込めて大切な人に使う呪文。

ずっと前、絵本で読んだ。


「……」

「ユーリ、どうしたんです?」


左手を額に当てうつむく。

右手はエステルが掴んだまま。


「悪ぃ、エステル」

「もしかして、笑ってます?」

「や、そうじゃなくて……」


掴まれた手を離し、ぱたぱたと否定を示す振り方をする。


「はっきり言ってください」

「その、あれだ……。可愛すぎんだよ」

「……はい?」


顔を隠したまま、呟かれた言葉。

よく分からず、エステルは首を傾げた。

が、何かに気づいたのだろう。

ぐっと顔を近づける。


「ユーリ、もしかして、照れてます?」

「……」

「ちょっ、顔を見せてください!」


ユーリの手を握り、必死に彼の顔を覗こうとするエステル。


「何すんだ、エステル」

「ユーリの照れた顔見たいです」

「んな面白いモンじゃねぇよ」

「見たいんです。見せてください!」

「やめろ」

「ユーリ、お願いします」


エステルはユーリの両手首をしっかり握り、顔を見ようとするのだが、ユーリだって、大人しく見られるつもりはない。

周りから見れば、何とも可愛らしい攻防戦だ。


「クスッ……」


こぼれた笑い声を隠そうとは思わない。

が、それを不審に思ったのだろう。

リタが見上げてくる。


「ジュディス?」

「あの二人、子犬がじゃれてるみたいで、微笑ましいわ」

「微笑ましいっていうか……。何なのよ、あの空気」

「いいじゃない」


私は好きよ?

と続けるジュディスに、リタは首を振った。


「よくない。あたしは耐えられない。おっさんが行きなさいよ」

「やーよ。少年、これも社会勉強だ。行っておいで」

「ボクだって、ヤだよ」


譲り合い……ではなく、押し付け合い。

そんな三人と少し離れた所に伏せているラピード、そして未だに楽しそうな攻防戦を続ける二人。

ジュディスは彼らを順番に見て、また笑った。

『とても平和だわ』と。





君だけ有効回復呪文

副作用:人によっては、攻撃呪文にもなります。



お二人さん、そろそろお昼ご飯にしませんか?





E N D



2009/07/09
移動 2010/12/13



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