遠すぎる空に恐怖を感じた
冷たい風だと思った。
一瞬、息ができなくなった。
一瞬、視界が消えた。
背中に受けた衝撃。
言葉にならないような声が、空気の塊が喉の奥からもれた。
投げ出した自分の四肢が、痺れているのか動かせない。
「フレンッ!!」
遠くでエステリーゼの声が聞こえる。
(まだ……戦闘は終わって、いない。倒れている場合じゃ……)
起き上がりたいのだが、それは不可能だった。
体がやけに重い。
打ち所が悪かったのだろうかと治癒術の詠唱を始める。
始めたつもりだったが、集中できずにそれすらも無駄な行為に終わった。
「フレン」
エステリーゼの声が、先ほどよりも近くで聞こえたような気がした。
役に立てない己を歯がゆく思い、唇を噛んだ。
「フレン、大丈夫です!?」
温かい光を感じる。
もう戦いは終わったのだろうか。
皆は無事だっただろうか。
色々と考えなければならないのに、何かに邪魔されるように頭が働かない。
水に浮かんでいるように、フラフラと体が揺れているような気がした。
* * *
ゆっくりと目を開ける。
視界に入ってきたのは、柔らかい灯りに照らされた天井。
瞬きを繰り返し、自分がどこかの部屋で眠っていることを理解した。
次に考えるのは、ここに至るまでの――。
思考を始めようとしたら、扉が開いた。
そちらへ頭を向ける。
「フレン、目が覚めたんですね!」
様子を見に来たであろうエステリーゼの声が弾む。
色々と聞きたいことや、言いたいことがある。
フレンはゆっくりと上半身を起こした。
「無理しないでください」
「あ、その、もう大丈夫ですので……」
「無理はダメです」
せっかく起こした体をエステリーゼに倒される。
体を受け止める布団に、今は身を委ねることにした。
「どこか痛むところはありませんか?」
「少しダルいだけで、他は何も悪くありません。ご迷惑をおかけしてすみません」
ブンブンとエステリーゼは頭を左右に振った。
フレンを見つめる瞳は、今にも泣き出してしまいそうに揺れている。
ズキリと心が痛んだ。
「謝るのは、わたしの方です。すみません。そして、ありがとうございます」
「私は……」
あの時のことを思い出すと、悔しさに押し潰されそうになる。
ただ、彼女を守りたかっただけだった。
剣にも盾にもなれない自分が、何より許せない。
「フレンのおかげです」
「え?」
「フレンが勝利へのきっかけをくれたんですよ。覚えてないです?」
「……はい」
彼女の言葉を否定しそうになった。
だから、嘘をついた。
エステリーゼの瞳から逃れたくなって、顔を逸らす。
彼女と真っ直ぐ向き合う勇気がなかった。
窓の外は、夜の色を映している。
「フレン。あの……」
「エステリーゼ様。私はもっと強くならなければなりません。あなたを自分の手で守れるように」
エステリーゼは何も言わなかった。
何かを言おうとした気配は感じられたが、彼女は何も言わなかった。
「ですから、どうか……」
フレンはゆっくり体を起こし、今度は真っ直ぐエステリーゼと向き合った。
「あなたの側にいさせてください」
「わたしは……フレンの側にいても迷惑じゃないです?」
「迷惑なんかじゃありません」
「じゃあ……」
エステリーゼは右手を差し出した。
『これからもよろしく』
その意味を込めて。
遠すぎる空に恐怖を感じた
(アンケートより)
2010/11/11