息が出来無くなる程抱き締めて




怖い夢を見た。

飛び起きたエステルはベッドの上で、荒い呼吸を整える。

全力疾走した直後のように、呼吸が苦しい。

嫌な汗が額から頬へ伝い、布団に落ちた。

浮かんでいた涙も静かにこぼれ落ちた。

それをきっかけに、ボロボロと雫が頬を流れていく。

息ができない。

エステルは今自分が迎えた朝が現実なのか、夢なのかわからないほど混乱していた。

暫く泣いていると、気分は落ち着いた。

幼い子どものような泣き方をした自分が恥ずかしい。

身支度を整え、逸る心が向かう先へ。





「ユーリ!」

「エステル、どうしたんだ?」


いつもと変わらないユーリの姿を見つけると、安心する。

安心すると同時に生まれるのは、押さえきれない不安。

一歩近づいたら、彼が消えてしまうのではないかと。

現実にはあり得ないバカげた映像が頭を過った。


「エステル?」


その場から動かない彼女を不審に思ったのだろう。

ユーリからエステルに近づいた。

無意識に右足を引く。


「今日は何か変だぞ」


ユーリのことだから、何か感じ取ったのかもしれない。

いつもより数歩分距離をあけて止まった。

鼓動が大きくなる。

嫌悪でも恐怖でもない。

ただ漠然とした不安。


「夢を……見たんです」

「夢? 怖い夢でも見たのか。オレに殺されたりする夢か?」

「ユーリ!!」


軽く笑う彼の姿に、エステルはむくれた。

エステルを気にして冗談を言ってくれたとわかっていても。

いつの間にか距離は埋まっていて、ユーリはエステルの頭を撫でた。

優しい手のひら。


「……お願い聞いてもらえます?」

「何でも言ってみな」

「ギュッと抱きしめてほしいんです」

「はいはい」


ふわりと始めは子どもに触れるように優しく。

次は存在を知らせるように強く。

ユーリの匂いに包まれ、ようやくエステルは自分が落ち着いたように感じた。

重苦しい息を吐き出す。

そして、彼の背中に腕を回した。


「もう大丈夫そうだな」


降ってくる声は、いつもより少し優しいような気がした。


「……はい。でも、もう少しこのまま」

「了解。お姫サマ」


あたたかい。

触れ合えることを幸せだと思った。

この先の未来、ずっとこうしていたい。

満たされる度に生まれる新たな欲。

幸せを逃さぬよう、ため息を飲み込んだ。





怖い夢だった。

本当に怖い夢だった。

大切なものが、黒い煙のようなモヤに食べられる夢。

1つずつ、じわじわ首を絞めるように、ゆっくりと。

大切なものが、消えていった。

手を伸ばしても、届かない。

思い切り叫んでも、届かない。

駆け寄りたくても、足が動かない。



――お願いですから、奪わないでください!!



喉の奥に消えていった叫び。

漆黒に食べられていく彼は、不敵に笑っていた。

まるで、不安に潰されそうになるエステルを安心させるかのように。





息が出来無くなる程
抱き締めて





title thanks『つぶやくリッタのくちびるを、』



2010/09/17
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