長い時間列車に揺られて、ようやく辿り着いた。

正確には、ここから馬車に乗って二時間以上かかるらしいが。

荷物の詰まった鞄を足下に置き、思い切り伸びをした。

彼女の名前は、クロエ・ヴァレンス。

これでも、それなりの位を持つ立派な騎士だ。

今回は、任務でこのような田舎に来ることになった。

嫌味な笑いを見せる上司がちらついたため、慌てて頭を振った。

田舎だろうが、都会だろうが関係ない。

人々を守るために剣を握るのだから。


「――村へ来られた騎士様ですか?」

「あ、はい」


クロエが顔を上げると、にこやかな笑みを浮かべる初老の男性が立っていた。


「初めまして、私、村長をしている者です」

「わざわざ迎えに来てくださったのですか」

「せっかく騎士様が来てくださったので」

「私はそんなに立派な者では……」

「まだ少々かかりますが、どうぞ」


村長はクロエを馬車へ案内した。


「こんな物ですみません。窮屈ではありませんか?」

「大丈夫です」


確かに小さめの座席だが、想像していたより、ずっと座り心地が良かった。

ゆっくりと伝わる振動と、歩むように流れる景色。

それらは、クロエを癒した。


「休まれてはいかがですか?」

「では、お言葉に甘えて」


心地よいリズムに瞳を閉じた。





***


数時間後、無事に到着した。

村は穏やかな雰囲気で、優しさに包まれている。

たくさんの笑顔が溢れていた。

村長の後ろを歩きながら、クロエはそっと胸に手を置いた。

子どものように、好奇心に踊る心を抑えるために。

前から歩いて来た青年とすれ違った時、クロエは何かを感じた。

白銀の髪を持つ青年はクロエを一瞥し、何も言わずに去って行った。

そう大きな村ではない。

顔見知りかそうでないかは、すぐに分かる。

ましてや、クロエは簡単な物だが、鎧をつけている。

この村の人間でないことは分かる。

挨拶しろとは言わない。

会釈を求めるのは、贅沢な望みだったのか。


「気にしないでください。彼は、魔女と交流する変わり者ですから」


村長はどこか見下したような口調でそう言った。

その口調は上司を思い出させる。

けれど、クロエは何も言わなかった。

曖昧な笑みだけ浮かべて。


「こちらが、貴方の部屋です」

「ありがとうございます」

「何かあれば、近くの者に尋ねてください。勿論、私でも構いません。お力になります」


クロエが頷くと、村長は頭を下げて出て行った。

何だか疲れたような気がする。

確かに長旅だったが、それとは別に精神的な……。

荷物を置くと、少し散歩することにした。

気分転換になるだろう。


辺りの景色を眺めながら、ゆっくり歩く。

森の匂いがする風が、通り過ぎて行った。

自分を見る二人に気づき、近づく。

見た感じでは、ここの住人ではない。


「セネセネと会ったの?」

「セネ……?」

「セネル・クーリッジ。白銀の髪と顔の紋様が特徴の青年ですよ」


そう言われて、先程出会った彼を思い出した。


「多分、会った」

「何か不思議な雰囲気だよねー。あ、あたしは、ノーマ・ビアッティ。トレジャーハンターなの」

「ぼくは、ジェイと言います。情報屋をしています」

「……クロエ・ヴァレンス。騎士だ」

「ヴァレンス家のお嬢様でしたか」


こんな所で、そう言われるとは思わなかった。

一瞬、身体が強ばったが、彼は情報屋。

それで、知っていたのだろう。

……その言葉を信じるならの話だが。

騎士という立場からか、それとも自分がヴァレンス家の人間だからか。

少し敏感になっていた。


「セネセネってあんまり喋らないよねー」

「真実かどうかは分かりませんが、彼は記憶を売ってこの村を守っているそうですよ」

「記憶を売る?」


クロエの問いに彼は肩を竦めた。

まだ調査中だ、という意味だろう。


「記憶って売り買いできないよね?」

「魔女と呼ばれる存在は、目には見えない物にも触れられると言われますがね」

「嘘っぽーい」

「失礼ですね、ノーマさんは。クロエさん?」

「あ、いや……」


セネルとすれ違った時に感じたアレ。

よくわからない「何か」が、クロエの中を走った。

恐怖とも、不快感とも違う。

一度ゆっくり話をしてみようと思った。






首都から来た少女
記憶を売る青年


それが、出会いだった。



2009/04/16
移動 2011/06/08




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -