ユメで会えたら、キミに伝えたい事がある
一人で見る空は、どうして狂おしい程に広いのだろう。
何もないこの時間が、こんなに苦しいんだろう。
どうして、こんなに景色は変わってしまうのだろう。
ユメで会えたら、キミに伝えたい事がある
瞼が重い。
最近少し張り切り過ぎたのだろうか。
まだ終わりを見せない書類を見ながら、大きな欠伸を一つ。
「眠……」
瞼が段々と落ちていく。
夢へと誘(いざな)うソレに抗えない。
「五分だけ……」
自分の手を枕代わりに、机に突っ伏した。
***
「……ニス。アニス」
誰かが体を揺すっている。
まだ仕事が終わっていない。
アニスは飛び起きた。
「ごめんなさい! すぐに!!」
クスクスと抑えた笑い声が聞こえる。
アニスはその声のする方に顔を向けた。
「イオン様……?」
「アニス。どうしたんですか。貴女が来るには、早い場所ですよ?」
変わらない微笑みと優しい声音。
涙腺が緩む。
ぽろりぽろりと、雫がこぼれた。
「どうしたんですか。何かありましたか?」
「何でもないです!」
上手く笑えた自信がない。
アニスはイオンの瞳から逃れるように、周りへと視線を移した。
曖昧な靄のような空気が辺りを覆っていた。
「ここは……」
「アニスには、まだ早い場所です」
イオンは先程と同じように答えた。
その先を尋ねることが出来ず、アニスは唇を噛んだ。
尋ねなくても、分かっているくせに。
尋ねたくないくせに。
知りたくない。
「アニス」
「はい」
「本来なら、すぐに帰さなければならないのでしょうが……。少しだけ、話をしませんか?」
「はいっ」
何もない空間。
二人はその場に座った。
「こうやって、話をするのは久しぶりですね」
「そうですね……」
また会えたら、伝えたいと思っていた言葉があった。
けれど、本人を前にすると、口が重い。
その言葉を忘れたかのように、出てこない。
「アニス、元気ですか?」
「ばっちり元気です」
「少し無理しているんじゃありませんか?」
イオンの手がそっとアニスの頬に触れた。
まるで、冷気のようなソレ。
「多少は無理しますよ〜。けど、毎日楽しいですよ」
イオンを心配させないように、と口にした言葉。
言った後で、慌てて口を押さえた。
「アニス」
「ごめんなさいっ」
「何を謝っているのですか。僕は、アニスに笑っていてほしいんです」
「イオン様……」
「アニスが楽しく過ごせているのなら、僕は嬉しいですよ」
その微笑みは傷を癒してくれる。
嘘のない優しい微笑み。
「イオン様」
「はい」
「あたし、イオン様に言おうと思っていたことがあるんです」
「僕に?」
今言わないと、きっとこの言葉は行き場を失う。
アニスは思い切って、ソレを伝えることにした。
「あの……あたし……」
「ゆっくりでいいですよ」
目を閉じて、ゆっくり呼吸をする。
意を決して、顔を上げた。
「イオン様」
彼に触れようとしたら、透き通った。
何も掴めない。
透き通っていたのは、イオンではなくアニスの方。
自分の手を通して、イオンが見えた。
「何で……」
「アニス、言ったでしょう?」
“貴女にはまだ早い場所”だと……。
言葉にならない空気の塊が、喉を傷つけながら体内に入っていく気がした。
「イオン様っ……」
動いていないのに、遠ざかる距離。
必死に手を伸ばす。
それが無駄な抗いだと分かっていても。
「イオン様!」
「僕は幸せですね。ここに来ているのに、アニスが会いに来てくれたのですから」
「イオン様、あたし……」
「何ですか?」
「あたし……イオン様に出会えて、イオン様と一緒の時間を過ごせて……すっごく楽しかったです!」
届いただろうか。
小さくなった彼が、微笑んだように見えた。
「イオン様っ!」
***
体が揺らされている。
目を開けると、飛び込んでくる緑。
「アニス、風邪ひくよ」
「……フローリアン」
混濁した頭で、“彼”の名前を呼びそうになった。
ギリギリで飲み込めた自分を取り敢えず褒めたい。
「疲れてるの?」
「ちょこっとね。でも、平気。だって、アニスちゃんだもん!」
「ダーメっ。ちゃんと、休まないと!」
フローリアンはアニスの腕を引っ張る。
そして、ベッドへ押し込んだ。
「ちゃんと寝るまで、ここにいる!」
椅子に座り、頬を膨らませていた。
そんなフローリアンには勝てない気がする。
アニスは少しだけ甘えることにした。
「ありがとう、フローリアン。ちょっとだけ寝るね」
「うんっ」
アニスは瞳を閉じる。
疲れた体と頭は、すぐに夢へと落ちていった。
「……おやすみ、アニス」
どこか寂しく響いたフローリアンの声は、アニスに届かなかった。
E N D
2008/10/28
移動 2010/12/11