世界は君を笑わない



太陽が沈む海を眺めるナタリアの目は、何故かとても寂しそうだった。

しばらくすると泣いてしまうのではないかと心配してしまう瞳の色。

アッシュは彼女が何を思い夕陽を見つめているのだろうと考えた。


「アッシュ」

「ん? どうした?」


いつもより優しい声が出た。

それは、今のナタリアを見ていたからだろう。

返ってきたのは笑い声。

そんなに不自然だっただろうか。


「すみません」

「いや……」

「アッシュがこんな風に側にいてくださることが嬉しくて、何だか夢みたいで、その……」


上手く言葉にできないとナタリアは苦笑した。

ほんの少し体を寄せる。

二人の距離は触れるか触れないかというほど近い。

けれど、今日はまだ一度も触れ合っていなかった。

何を躊躇っているのかとアッシュは自分自身を叱るように問いかける。

吐き出した息は思いの外重苦しく、そのまま地面に沈むかのような錯覚を覚えた。

アッシュは覚悟するように小さく頷いた。


「ナタリア」


金色の髪に触れる。

柔らかな感触は心地よく、いつまでも触っていたくなる。


「……アッシュ」


咎めるように名前を呼ばれた。

惜しみながら愛しい金色から手を放し、そっと彼女の頬へ手をやる。

アッシュの手よりもあたたかく柔らかい頬。

ずっと触れていたいと思う。

それは思うだけ。

叶うことのない願いだとわかっているから。

そっと手を放し、真っ直ぐな彼女の瞳と視線を交える。


「お前なら大丈夫だ」


やけに重い言葉だと思いながら、それを吐き出した。

今のナタリアに必要なのは、彼女が欲しているのは、一歩踏み出すきっかけ。

背中を押してくれる手。

そのためにアッシュは彼女を歩ませる。

アッシュが好きなナタリアは、凛として民の前に立つ心優しい王女。

そして、ただ一人の女性として生きる彼女の美しい姿。


「アッシュ、私は貴方が……」

「ナタリア」


わかりやすく遮ることで、彼女が言おうとしている言葉を終わらせた。

わざわざ言葉にする必要なんてない。

痛いほどわかっているから、アッシュはそっと彼女を抱き寄せた。

息を飲んだナタリアは、いつもより甘えてそれを受け入れる。

愛しい彼女の匂いが、その場に留まれと訴える。

微かに望んだ未来。

けれど、それではナタリアを守ることができない。


「俺はもう行く」

「そう、ですか……。お気をつけて」

「ああ」


ナタリアに背を向けて歩き出す。

決して振り向かないアッシュの後ろ姿をナタリアはじっと見つめていた。





世界は君を笑わない





title thanks『たとえば僕が』



2011/09/28


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