甘すぎた悲しみ




※ナタリア→ガイ?

※アッシュの方が出番の多いED後








ナタリアは夢を見ていた。

何故なら、目の前にアッシュが立っていたのだから。

あんな風に穏やかに笑う彼なんて、数回しか見たことがない。

パチパチと瞬きを繰り返したあとで、ナタリアは頷いた。

これはきっと現実ではない。

だから、夢なのだ。

自分を慰めるための、都合の良い夢なのだ。

ナタリアは細い息を吐き出した。

数メートル先にいる彼の方へと歩み寄る。

逃げることなく、アッシュはその場でナタリアを迎え入れた。

彼を見上げれば、目を細めてナタリアを見つめてくる。

優しすぎる眼差しだと思った。

優しすぎて、とても残酷な。


「私は嫌な女ですわよね」


ぽつりと呟けば、アッシュの表情が変わる。

眉間のシワが深くなった。

その目が何を言っているのかわかる。

わかるけれど、ナタリアは言葉を止められない。

言葉と共に涙が溢れた。


「私、はっ、貴方、を……」

『ナタリア』


優しい声に涙が勢いを増す。


『お前は、お前の感情に素直になればいい。罪を感じることも恥じることもない』

「やめて、ください……」

『ナタリアは幸せになればいい。幸せにならなければならない』

「やめて。私を許さないで!!」

『ナタリア』


アッシュは彼女の頬に触れた。

感じられない彼の体温にナタリアの言葉が凍る。

アッシュは宥めるようにもう一度優しく名前を呼んだ。


『ナタリア』

「……は、い」

『俺が望むのは、ただ一つ。お前が笑って過ごせる世界だ』


今のお前は笑っているかと問いかけるアッシュに、ナタリアは言葉を詰まらせた。


『いつかナタリアが満面の笑みで「自分は幸せです」と言う未来が見たいな』

「……私、幸せですわ」

『笑って、が抜けてるだろ』


上手く笑えなかった。

彼の前では作り笑いも愛想笑いもできない。


「あ、あの……」


言いたいことはたくさんあったはずなのに、不思議なこの空間は闇に飲まれてしまった。








――……



「ナタリア、大丈夫かい?」

「ガ、イ……?」

「嫌な夢でも見たのか? 泣いているから、心配になった」


そう言われ頬に手をやると、乾いていない冷たい雫に指先が濡れた。

その雫に触れた途端に夢で感じていた心が蘇り、またじわりと新たな涙が浮かんだ。


「嫌な夢……ではありませんわ。とても、幸せな、夢……でした」

「そうか」


彼女の言葉からは、とてもそんな風に思えなかったが、ガイは頷いた。

そして、タオルを差し出す。


「顔を洗っておいで」

「私、子どもではありませんわよ」

「そうですね。では、姫様。お手をどうぞ」


わざとらしい仕草は、ナタリアを思ってのことだ。

いつもなら子どものように膨れるナタリアも、今は彼の気遣いに甘えた。

冷たい水で顔を洗えば、気持ちもスッキリした。


「ねえ、ガイ」

「何だい?」

「今日、付き合ってくださいませんか?」

「構わないさ。どこにでも、どこまででも付き合うよ」

「では、準備が済むまで表で待っていてくださいね?」


今の今まで穏やかな顔をしていたガイが固まる。

およそ20年の人生で彼は学んでいた。

女性の支度には予想を超える時間がかかること。

ナタリアの場合はそれ以上だと。


「あのさ、ナタリア」

「10分」

「え?」

「10分で用意しますわ。ですから、待っていてくださいね」

「了解」


部屋へ戻って行くナタリアをガイは優しい眼差しで見送った。





甘すぎた悲しみ





title thanks『たとえば僕が』



2011/04/29


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